ほほほほほほほ


 子どもの頃は、信じるというより、


 それが確定している未来なのだと思っていた。


 いつか王子様が自分を迎えに来て、幸せな結婚をするのだと。


 物語の罪は重い。


 そんな話ばかり聞かされて大きくなった娘は、そんな未来が待っていると信じてしまうではないか。


「王妃様」

 馬車の中で、タミアが呼びかけてくる。


 若いが、エリザベートと張るくらい気の利く侍女だ。


 エリザベートはアドルフのために城に置いてきた。


 信用できる部下が、息子のために必要だったからだ。


「もうすぐ城に近づきます。

 お寄りにならなくてよろしいのですか?


 ついに王子妃が決まったと聞きましたが」


 馬車の窓から懐かしいあの城と――


 森の上に覗く、忌まわしき呪いの塔の先端を見る。


「そうですね。

 では、やめておきましょう」

と言うと、タミアが、ええっ? という顔でこちらを見る。


 この辺りが、気が利くとは言っても、年若いせいか、エリザベートと差が出るところだった。


 彼女なら、そうですね、と言って、サラッと流したところだろう。


 それは、エリザベートが、王の息子である以前に、友人の息子であり、あの人の息子であるかもしれないアドルフを、我が息子のように心の中では思っているからだ。


 エリザベートなら、自分と同じ心境になるに違いない。


 心配そうにこちらを見るタミアにユーリアは笑った。


「会ったこともない嫁が気に入らないとかじゃないのよ。

 ようやく決まって、ホッとしているの。


 貴女の子どもはまだそんな年ではないから、わからないでしょうけど。


 子どもに、これから将来共に歩んでいく人が見つかると、親は寂しいながらも、肩の荷がおりるものなのよ。


 今の心境としては、ただ、単に――」

とユーリアはそのまま遠ざかる城を見て笑う。


「ほら、殿方が新入りの者などに対して言う。

『いっちょ揉んでやるか』

 っていう、あれですよ」

と言って、扇で口許を隠し、忍び笑うと、タミアは、この人たちに揉まれたくない……という顔をしていた。


「私が近くの城に滞在すれば、アドルフはともかく、その娘は必ず来るわ。

 本当にアドルフを愛しているのならね」


 あの子を苦しめてきた出生の秘密を気にしていないはずはないから。


 私にその真実を訊きに来ることだろう。


 物語はいつも王子様と結ばれて、ハッピーエンドに終わる。


 でも、私にとって、それは、ハッピーエンドではなかった。


 この馬車の前後にもたくさんの馬車が続く。


 自分の暮らしに不満が生じないように、王がそろえてくれた気の利く召使たち。


 豪奢なドレスや装飾品や身の周りの品々。


 それらが乗った馬車が連なるこの大行列を見て、人は私を幸せな女だと思うだろう。


 それは確かに間違いのないことだけど。


 ただ切ない思いで、あの塔を見上げていた日々が、何故だろう。


 自分の人生で、一番、輝いていた気がするのだが。


 今は幸せだと思うけど、でも……。


「幸せと、充実してるのって違うのかしらね?」

 そう呟いたあとで、ユーリアは、うちの嫁はどうなんだろう、と思いながら、もう城も見えない森の方を振り返る。


 幼き折から、いろんな噂が飛び交うアドルフの周り。


 敢えてかばわず、そのままにしておいた。


 強い子になるように。


 強い王になるように。


 アドルフに言ったら、いや、待て待て、と言いそうだが。


 崖から突き落とすライオンは、普通、父親じゃないのかと。


 残念ながら、父親は少し遅くに出来た息子を、他所の男の子どもじゃないかという噂があろうが、気にせずに、ベロベロに可愛がっている。


 だから、いい年した息子を戦に連れていきたくなくて、自分の代わりに国を治めるようにと言い訳をして、城に置いているのだ。


 急いで領土を広げているのも、あまりがっついたところのない息子のために残そうとしているからだ。


 そのせいで、アドルフと会う機会が減っているし、いまいち、愛情が届いてないしで。


 かなりの本末転倒だと思うのだが。


 なまぬるい物語を聞かせて、ぬるい子どもになって欲しくなかったから、アドルフにはそのような読み聞かせはしないよう乳母たちに頼んでいた。


 この国は昔からかなり混血が進んでいるので、乳母たちもそのルーツはそれぞれだが。


 その乳母たちが、自らの民族の昔語りを聞かせていたようだ。


 そのせいなのか、環境のせいなのか、生まれつきのせいなのか、アドルフは王となるものとしては、ちょっと変わっている。


 人と考え方も好みも違うというか。


 でも、それでいいと思っていた。


 いつか自分たちも年老いて、子どもを守れなくなる。


 そのとき、ちゃんと一人で立って生きていけるように。


 だから、嫁も自分に決めさせた。


 親はつい、子どもの将来を考え、共に居ることで、しっかりとした未来が見えてくるような相手を選んでしまうものだ。


 だが、本人が選ぶ相手というのは、自分の中の足りない部分を補う相手であることが多いから。


 周りから見たら、ええっ? と思うような相手を選んでしまったりもするけれど。


 たぶん、それでいいのだ。


 アドルフもまた、アドルフにはない、なにかを持つ、気の合う娘を自然と選んでいることだろう。


 何度か開かれた花嫁選びの舞踏会で、一度も首を縦に振らないどころか、まったく気の無い様子だったらしいアドルフが選んだ娘なのだから。


「きっと、自分に似合いのおかしな嫁を選んでいるわよ」


 ほほほほほ、と笑うと、タミアが、いいんですか? それで、という顔をしていた。


「ところで、名前はなんだったかしら?」

と言うと、名前くらいは覚えといてくださいよ、という顔をしたあとで、タミアは、


「ミハル様です」

と言ってくる。


「……私は嫁を選べと言ったわよね?」


「女の方だと思いますよ。

 えーと、ミハル様じゃなくて、未悠様でしたっけ?」

とタミアは、いろいろとイントネーションを変えて、その名を呼んでみている。


 ちょっとだけ不安を覚えながらもユーリアは思っていた。


 誰もが憧れる物語のように王子に選ばれた娘。


 未悠。


 貴女は幸せなのかしら――?


 それとも忘れられない恋でも胸に秘めているのかしら。


 私のように――。







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