ぶっすり刺さっていますわね

 


「ぶっすり刺さっていますわね」


 窓際の椅子にエリザベートと悪魔は向かい合って座っていた。


 なにやら、どうしました? と患者に訊く医者のようだ、と二人の構図を見ながら未悠は思うが。


 それにしては、医者が容赦がなかった。


「何故、抜かないのです」

「死んだらどうする」


「貴方、元から死んでらっしゃるようなものではないですか」


 未悠が、

「このままだと外を歩けないと言っても抜かないんですよ」

とまるで子どもに付き添うママのように言うと、


「こういうものは一気にいった方がいいのです。

 棘と同じです」

とエリザベートは、迷うことなく、柄に手をかけようとする。


 ひーっ、とヤンたちは固まっていた。


「まま、待てっ。

 エリザベートッ!


 私が悪かったっ」

と言いながら、腹をかばうようにして、悪魔は飛んで逃げる。


 エリザベートは立ち上がり、悪魔を壁に追い詰める。


「なにを言っているのです。

 昔の恨みで殺そうと言うのではありません。


 それくらい抜いても大丈夫だと言っているんです。


 刺されても大丈夫だったんですから、抜くくらいたいしたことではないでしょうっ」


 まあ、それはごもっとも……。


 っていうか、昔の恨みってなんだろうな、と思いながら、未悠は二人を見ていた。


 どうやら、悪魔は若い頃のエリザベートを知っているようだが。


 ……綺麗だったんだろうな、と今は責任あるその立場に相応しく、ドレスも髪もあまり飾り気のないエリザベートを見ながら思う。


 まあ、今でも綺麗だが。


 人の世は儚いと悪魔は言ったが。


 今もエリザベートの顔立ちが崩れているわけではない。


 厳しさと長い人生で刻まれた人生のいろいろが顔ににじみ出ているだけだ。


 まあ、いつまでも、夢見がちな少女のままではいられないもんなと、あの華やかで無邪気な箱入り娘たちを思い出しながら、未悠は思う。


 自分はもう少し、そういう世界からは遠くなっているが、と思いながら。


「ちょ、ちょっと考えさせてくれ」

とマントで腹をかばうようにして悪魔が言ったとき、ノックの音がした。


 ラドミールだった。


「お部屋の用意ができました」

と報告してくる。


「そうだ。

 疲れたから、少し休ませてくれ」

と逃げの口上を言う悪魔を、エリザベートは、


「またいきなり寝て終わりじゃないでしょうね」

と睨む。


「ないない。

 さっき起きたばかりだから」


 じゃあ、またあとで、とマントで腹を隠したまま悪魔はヤンたちと共に出て行った。


 何故か、アドルフとシリオも退出してしまう。


 もしかしたら、女同士の方がエリザベートに話が聞きやすいかと思って、そうしてくれたのかもしれないが。


「あの人の、じゃあ、またあとで、は当てにはならないのですよ」

と閉まった扉を見て、溜息をつきながら、エリザベートは言う。


「二十数年前に、じゃあ、また、と言った、その『また』が今なのですから」


 はは……と未悠は笑う。


 眠りに落ちてしまって仕方なかったのかもしれないが。


 永遠に死なないかのようなあの人は、どのみち、人と時間の感覚も違うのだろうな、と思っていた。


 未悠が、無言でエリザベートを見上げると、彼女は、

「さて、なにから話しましょうか、未悠様」

と言ってくる。


「とは言っても、私から話せることなどそうないのです。

 すべてはユーリア……


 お妃様からお訊きください」


 窓からの光を背に、エリザベートはそう言ってきた。






「変わるものだな、女というのは」


 アドルフはみんなとともに、悪魔を連れて城の廊下を歩いていた。


 シリオが悪魔に、

「エリザベート様も昔はあんな感じではなかったのですか?」

と訊くと、


「いや、あんな感じだった。

 性格はな」

と悪魔は言う。


 先導するラドミールも話は聞いているのだろうが、興味津々という素振りを見せたりはしなかった。


 ヤンの方は口を開け、二人の話に、ほー、とか、へー、とか感心したような相槌を打っているが。


 怒涛の展開に、ヤンは、かなり素が出ているようだったが。


 出たところで、やはり、呑気で真面目な男のようだった。


 悪魔は昔を思い出しながら語る。


「美しかったぞ。

 エリザベートも。


 ……その友人のユーリアも」


「ユーリアが私の母です」

と後ろからアドルフが言うと、


「……そうか」

と言った悪魔は微妙な顔をした。


 どっちだ?


 ……私はお前の子か? 悪魔よ。


 それとも、ただ母を知っているというだけで、恋仲だったのは、実はエリザベートの方だったのかっ? と感情を表に出さないようにしながらも、アドルフは心の中で、手に汗握っていた。


 未悠が居たら、見破られていたことだろうが。





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