普通、見違えたな、とか言いませんかね?
「あれはなにをやっているのです?」
真横でした声にシリオが振り返ると、いつの間にかエリザベートが立っていた。
「……お座りになりませんか?」
と先程まで、未悠が座っていた椅子を勧めたが、
「いえ、結構」
と前を見たまま言われる。
どうやら、エリザベートも自分と同じに未悠を観察しているようだった。
未悠は壁沿いに移動していた。
周囲を窺いつつ、隙を見て、手にしていた扇を少し広げ、壁に掛けられている燭台の火を扇いでいる。
加減によっては、より火が強く長くなり、ひっ、と身をすくめる様も面白い。
笑いながらシリオは言った。
「
なんだか莫迦すぎて、可愛くなってきましたよ」
自分でやれと言っておいて、未悠が聞いたら、怒り出しそうなことを言う。
「まあ、珍しい、シリオ様がそんなことをおっしゃるなんて」
と言うエリザベートに、
「エリザベート様こそ、お珍しい。
妃候補の娘にドレスを貸してやるだなんて」
とシリオは言った。
実は、王子の妃選びのために娘たちを集めたのは、これが初めてではない。
そのたび、エリザベートが娘たちの世話というか見張りをしてきたのだが、未悠にしたように、ドレスや髪飾りを貸してやるなどということは今までなかった。
「王子の前でご無礼があっては困りますからね。
おや」
とエリザベートはなにかに目を留め、声を上げる。
どうやら自分たち以外にも、未悠の動きを見つめていた者が居たらしい。
彼は椅子から立ち上がり、下へと下りていった。
それを見ていたシリオは、
「音楽を」
と呟くように言う。
エリザベートはすぐにわかったようで、楽団に言ってワルツを演奏させていた。
彼が動いたことにより、一瞬それかけたみんなの視線が、また、すぐ近くの手頃なパートナーの方を向く。
ん?
なにやら、ワルツが。
またダンスか。
好きだな、此処の人たち。
しめしめ、今だっ、とばかりに近くの燭台の下に行き、未悠が火を吹き消そうとしたとき、
「なにをしている、OL」
と声がした。
少し違うが、やはり似ている、嫌な声だ。
耳に甘く響く嫌な声。
未悠は振り返り、アドルフに言った。
「……火を消そうかと」
誤魔化しようもない動作を既にしていたからだ。
そんな未悠の言葉に、アドルフは、
「……手伝おう」
と言ってきた。
嫌なんだな、この人も、パーティが……。
二人で話すフリをしながら、隙を見て、高い位置にある燭台の火を消そうとする。
ずっとこちらを見ている人間が居たら、さぞかし間抜けに見えるだろうな、と思っていると、王子が、
「OL、こんなところでなにをしている」
と訊いてきた。
「それがその、酒場で働いていたら、シリオ様にスカウトされまして」
と言うと、
「お前は私の妃になりたいのか」
とアドルフは真っ直ぐにこちらを見て訊いてくる。
「な、なりたいわけないじゃないですか」
思わず動揺しながらそう言ったあとで、
「でも、貴方には会いたかったんです」
と答える。
いや、単に帰るきっかけを探してのことだが。
「ところで、よく私だとわかりましたね」
とアドルフに言うと、彼は、
「何故、わからないと思う」
と不思議そうに訊いてくる。
「……こんなにドレスアップしてるのに。
普通、見違えたな、とか言いませんかね?」
と不満をもらすと、彼はマジマジとこちらを見たあとで、
「初めて会ったときと、何処も違わないと思うが」
と言ってきた。
「もう帰ってください」
と拗ねて、つい言うと、アドルフは、
「此処は私の城だ、莫迦者」
と言ったあとで、ふと、なにかを考えるような顔をし、
「まあ……いつまで此処に居られるかはわからないがな」
と呟いていた。
「あら、あの子。
いつの間にか王子と居るじゃない。
あれ、誰なの?
アデリナ、あんたさっき話してたわよね?」
同じく公爵家の娘、シーラがいきなり話しかけてきた。
シーラは、幼なじみでもある。
小柄で可愛らしいが、性格はなかなかで、……なかなかだ。
「知らないわ。
暇だったから、ちょっと話しただけ」
とアデリナは適当に流した。
貴女が王子が移動したのに気づかなかったのは、他の殿方と夢中で話してたからでしょ、と思っていた。
この間、うちで一緒に刺繍してたとき、絶対、王子妃になるとか言ってた気がするんだが……。
アデリナたちが見たのは、ちょうど未悠たちが蝋燭の火を消す作業に疲れ、二人で語らっていたときだった。
遠目に見れば、和やかにも見える二人の様子を見ながら、シーラは、ふん、と鼻を鳴らす。
「王子妃は顔でなれるほど甘くないわよ」
いやあ、家柄でなれるほど甘くもないけどね、と思ったが言わなかった。
めんどくさいことにならないうちに、とアデリナはぽんぽん、とシーラの肩を叩く。
「あっち、シーラの好きなラズベリーのタルトがあったわよ」
あら、そう、と基本、素直なシーラはあっさり扇で示した方を向く。
タルトのあるテーブルに向かう途中、シーラはもう、今、王子の話をしていたことも忘れたかのように言い出した。
「あっ、ねえ、シリオ様よ。
格好いいわよね、シリオ様。
あっ、バーティン伯爵よ。
この間、湖の近くでパーティをやったときに呼んでいただいたの。
格好いいわよね。
あっ、アリオス様よ……」
延々と格好いいわよね、という言葉で話をつないでいくシーラを見ながら、幸せな人だな、と思っていた。
そんなに誰も彼も格好よく見えるのなら、誰でもいいことだろう。
王子でなくとも――。
振り返ると、何故かアドルフと未悠は後ろ向きになって、なにかやっている。
……なんなんだろうな、あの二人。
妙に息が合っているようだが、と思いながら、アデリナはそれを眺めていた。
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