気づかれないようにやれよ

 



 なんとか踊り終えたあと、シリオは小太りで偉そうなオジさんに呼ばれていってしまったので、未悠はまたひとり椅子に座っていた。


「これでも食べて待ってろ」


 そう言って、シリオは美しくカットされ、並べられたフルーツの皿を置いていってくれた。


 いやあ、結構親切だな。


 鼻につく男前とか言っちゃって悪かったかなーと食べ物につられ、思っていると、やり過ぎなまでに着飾った娘たちも居る中で、品よくドレスを着こなしているブロンドの巻き毛の女が現れた。


 目の前に立つなり、なんの前フリもなく、

「ねえ、貴女が本命なんでしょ」

と言ってくる。


 いや、なんの?

 そして、貴女、誰? と葡萄を手にしたまま、未悠は思っていた。


 その手許を見た女は、

「……早く食べなさいよ、それ。

 汁がしたたるわよ。


 そのドレス、エリザベート様にお借りしたんでしょ。

 あの方、怒ると怖いわよ」


 怒らなくても怖いけど、と言ってくる。


 彼女はアデリナと名乗った。


 公爵家の娘だというその女は、側の椅子に腰掛け、言ってくる。


「貴女にシリオ様がぴたりと張り付いているから、みんな、貴女がお妃候補の本命なのだと思っているわ」


 だから、誰も話しかけてこないのよ、とアデリナは言う。


「女は嫉妬から、男は王子のものになる娘に話しかけても仕方が無いから」


 いや、シリオがついているのは、そういう理由じゃないんだが、と思っていると、アデリナはそんな人々を楽しげに見やりながら、


「私はいいの、別に。

 人数合わせに出ろと言われただけだから。


 此処で素敵な殿方に出会えるかもしれないしね。


 あの王子の妻になるなんてごめんよ。

 顔は綺麗だけど、なに考えてんのかわかんないし」

と言うので、あの王子、そういうとこまで、社長と似てるんだな、と思った。


 ただ、王子の方が、ちょっとぼんやりしてそうだが、と森でのやりとりを思い出しながら思っていると、


「それに、あの王子、本当に王になれるかもわからないしね。

 いつまで王子でいられるかも……」


 アデリナはそんな不穏な呟きをもらす。


 彼女の顔を見ると、こちらを振り向き、

「貴女、何も知らないのね。

 シリオ様に聞かされてないの?」

と逆にこちらが訊いてこられた。


 そのとき、シリオが戻ってくるのが見えた。


「これはこれは、アデリナ嬢」


 アデリナはさっと立ち上がり、

「ごきげんよう、シリオ様」

と美しく腰を屈め、挨拶をしていた。


 さすがは公爵令嬢。

 動きに気品があるな、と思い、観察する。


 アデリナはシリオが苦手なのか、どうやら、この城の中では、有力者のひとりらしい彼に愛想をふるのがめんどくさいのか、さっさと行ってしまった。


 そちらを窺いながら、

「アデリナ嬢からなにか聞いたか」

とシリオは言ってくる。


「いえ、別に――」


 アデリナとの話は、既にシリオも知っていることばかりだ。


 全部しゃべってもよかったのだが、シリオだけがいろいろ知っていて、なにやら思わせぶりなのがムカつくので、こちらもなにかある風を装っていた。


 シリオが口を開きかけたとき、曲が止み、騒がしいラッパの音がした。


「ほら、麗しい王子様のお出ましだ」

とシリオが皮肉まじりの口調で言い、奥側の扉を見た。


 王子だ。

 王子が来たぞ、と会場がざわめく。


 アデリナは王子の立場が不安定であるようなことを言っていたが、此処に居る大多数の人間にとっては、やはり、雲の上の存在のようだった。


 使用人なのだろうが、偉そげな男たちに先導され、王子が姿を現した。


 いっそ恋をしているのかと思うくらい会ってみたかった相手だが。


 ……やはり、いざ見ると、社長にそっくりでムカつくな、と未悠は思っていた。


 社長が社員たちを従え、踏んり返っているようにしか見えない。


 こちらの視線に気づき、シリオが、

「おい。

 王子となにがあったか知らないが、刺す前に張り倒すなよ」

と言ってきた。


 椅子に座った王子は誰とも踊らず、ただ退屈そうにみなを眺めていた。


 シリオ以上に無愛想な男だ、と思ったのだが、その顔のせいか、概ね女性陣には好評だった。


「アドルフ王子よ」

「間近で見ると、ますます、花のようにお美しいわね」


 いや……こんな綺麗な顔の男は私はごめんだが、と未悠は思っていた。


 よく見ると、アドルフは社長より少し若いようで、まだ少年っぽさが残っていた。


 それが花のように美しい、という表現につながっているようだったが。


 あんな顔が目が覚めたときに横にあると、落ち着かない気がするんだが、未悠は思っていた。


 それにしても、この舞踏会、いつまで続くんだ?


 既に飽きてきていた未悠はシリオに訊いた。


「この催しものは、いつ終わるんですか?」


 さっきは座らない、と言っていたくせに、やはり疲れたのか、どっかりと座っているシリオは


「会場中の燭台の明かりが消えるまでだ。

 此処が真っ暗になるまで、舞踏会は終わらない」


 昔はあまり物のよくない蝋燭だったからすぐ消えていたようなのだが。


 蝋燭が長く、性能がよくなっても、その風習を未だに守っているのだと言う。


 莫迦莫迦しい話だ、とシリオは鼻で笑う。


 ちらちらとホール中のまだ消えそうにはない蝋燭を確認した未悠は、


「……眠くなりましたね。

 私、消してきましょうか」

と小声で言った。


「……気づかれないようにやれよ」

とこちらを見ないまま囁くシリオは止めなかった。




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