そんな服、何処で買ってきたのよ?


 控えの間に行くと、美しく着飾った娘たちで溢れていた。


 このくらい居れば、私ひとりくらい居なくても良さそうだが、と思っていると、如何にも教育係といった風情の青い長いドレスを着た年配の女が近づいてきた。


「あら、貴女、まだ着替えてないじゃないの。

 ドレスはどうしたの?」

とエリザベートというその女は言ってきた。


「あー、すみません。

 持ってません」

と言うと、まあ、しょうがないわね、こっちに来なさい、と言って、そこから連れ出された。


 たくさんの燭台に照らされた長い廊下を歩きながら、これ、火事になったりしないのだろうかな、と不安になりながら蝋燭の火を見ていると、

「貴女、最後にシリオ様がリストに加えたとかいう娘ね」

とエリザベートは前を歩きながら、言ってくる。


「酒場の娘と聞いたけど。

 どんな庶民の娘だって、選ばれたからには、今日この日のために、とっておきのドレスを着て来るものよ」


 それこそ、親族一同でお金を出し合ってね、と言う。


 まあ、そうなるかな、と思う。


 現代に産まれた自分たちは、王子の妃なんて自由がなさそうだなあ、と思ってしまうのだが。


 この中世にも似た異世界では、恐らく、王子の妃になる、イコール、食いっぱぐれがない、みたいな感じなのではなかろうか。


 一族郎党、おこぼれに預かろうと、金を出し合ってでも、娘を飾り立てようとするはずだ。


「はあ。

 なにぶん、突然決まりましたので」

と曖昧なことを言い、誤魔化そうとすると、マスターの奥さんの若い頃の服を着た自分を上から下まで見、


「他にもうちょっとまともな服はなかったの?」

とエリザベートは訊いてくる。


「これ、簡素ですが、動きやすいんですよ。

 ああ、でも、もう一着だけ持ってきました」

と疲れた部活帰りのように背中に斜めがけにしていた古い巾着袋を見せると、あら、そう、着て見せてごらんなさい、とエリザベートは言ってきた。


 衣装部屋らしきところに通らされ、椅子に座るエリザベートの前で着替えさせられる。


 ちょっと恥ずかしいな。


 物陰で着替えたいんだが、と思ったのだが、許されないようだった。


 良家の姫は着替えも人にやってもらっていたというから、別に着替えを見られることなんて、此処では恥ずかしいことでもなんでもないのかもしれないが。


 じっとエリザベートが観察していることから言って、自分が危険物等所持していないか、どんな身体をしているのかなど、いろいろと確認されている気がした。


 幸い短剣は胸にひそめたりとかしていなかったので、スカートとともに、音が出ないよう、そっと下に降ろせた。


 どうせなら、女スパイのように、胸の谷間からナイフを出したりしてみたかったのだが、隠せるほどの胸はなかった。


 だが、じろじろと身体を確認したエリザベートは着替え終わったところで立ち上がり、こちらに来ると、

「コルセットなしで、そのウエストは素晴らしいわね。

 胸はあまりないけど、母乳を出すにはちょうどいいでしょう」

と言ってくる。


 大き過ぎると、子どもが吸う振動が伝わらなくて、母乳が出ないのだとエリザベートは言った。


「乳母を雇ってもいいけど、やはり、子どもには、その母の母乳を与えるのが一番よ。

 母乳のバランス的に必要なものが含まれている気が私はするのよ。


 それに―― やはり、自分の乳を子どもにやるときに、母親というものは喜びを感じ、その子に愛情を抱くものらしいから」

と少し人間らしいことを言う。


「殿方はなんでも大きければいいと思っているようだけど。

 このくらいが手頃でいいのよ」

と下から軽く胸を叩かれた。


 こ、このくらいの手頃な感じですみません……と思っていると、

「それはともかくとして、その破廉恥はれんちな服はおやめなさい」

とエリザベートは言ってくる。


「……破廉恥ですか」

と未悠はこの世界に来たときに着ていたスーツを見下ろした。


 あの王子に会ったら、元の世界に戻る切っ掛けがつかめるかもと思い、一応、用意してきていたのだ。


「まず、丈が短い」

と竹のものさしでストッキングをはいた脚を叩かれる。


「全体的に身体にぴったりしすぎ。

 お尻のラインが全部出てるじゃないの」


 しまいには、こんないやらしい服を何処で買ったのかと言い出した。


 いやあのー、此処のドレスとかの方が胸許が開き過ぎだと思うのですが、と思っていたが、人間、見慣れたものは気にならないようだった。


 仕方ないわね、とエリザベートは溜息をつく。


「私が姪に贈ろうと思って仕立てさせたドレスがあるから、貴女に貸してあげます」


「ええっ? そんな大事なもの借りられませんっ」


「いいえ。

 そんな珍妙な格好の娘を人前に、ましてや、アドルフ王子の前に出すわけには参りません」


 って、もう一度出てしまいましたけどね……。


 それにしても、アドルフって名前だったのか、あの王子。


 シリオは小生意気な王子としか教えてくれなかったからな、と思う。


「汚さず返しなさいよっ」

と淡いラベンダー色のドレスを着せてくれながら、エリザベートは言い、綺麗に髪まで結い上げてくれた。


 そして、

「これは、私が娘の頃につけていたものです」

と宝石と白い羽根のついた髪飾りまで貸してくれた。


「す、すみません。

 いろいろと……」


 本当に申し訳ない、と思って言うと、


 エリドベートは溜息をつき、

「なんとしても、シリオ様の連れてきた娘が妃に選ばれなければ」

と言い出す。


 どうやら、妃となる娘を連れてきた者が役職的にも優遇されたりするらしい。


 だ、代理戦争かっ。


 しかし、シリオ自身は、自分の連れてきた娘が選ばれれば、のちのち優遇されるとかそんなことは頭にないようだったが……。


 なにしろ、あの人、優遇してくれるはずの王子を殺そうとしてるしな、と思う。


 長居するつもりもないこの異世界で、面倒事に巻き込まれたくないんだが、と思いながら、未悠は、エリザベートがかしに来た兵士と話している間に、スカートの中の短剣を拾った。


 そっとガーターベルトに挟み込む。

 まあ、一応、約束だからな、と思いながら。


 刺すかどうかは、まだ決めてはいないのだが――。



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