誘惑って、どうやるんですかね?
「そうかー。
未悠ちゃん、この国のお妃様になるのかい」
閉店後、マスターが遅い夕食を食べながら、そんなことを言ってきた。
いや……百パーセント選ばれない予感がするんですけどね、と思いながらも、せっかく喜んでくれているのだからと口を挟まずに料理を並べていると、
「じゃあ、お祝いしなくちゃね」
と人の良いマスターの奥さんが言ってくれる。
「ああ、でも、未悠ちゃんの代わりの人を捜さなくちゃな」
「寂しくなるわねえ」
し、しんみりしてるところ、申し訳ないんですが、私はやめませんからね。
私、まだまだ、此処に居ますからねっ?
「さあ、座って、未悠ちゃん。
今日はご馳走にしましょう?」
涙ぐみながら、奥さんが言ってくる。
お、奥さんっ?
マスターっ!?
妃にならないうえに、職まで失うとか勘弁ですからねっ、と思っている未悠の前に、次々とご馳走が並べられている。
ああ、あの肉まで出てきた……。
原始時代の人が食べていた――
と勝手に現代人が思っている感じの肉が。
これ、どうなってるのか、食べてみたかったんだよなー、と思っているうちに、酒も出てきた。
「いやあ、めでたいねー。
この店から、お妃様が出るなんてー」
いやー、ほんっとうに私、戻ってきますからねーっ、と心の中で絶叫しながらも、未悠は肉を取り分けてもらっていた。
数日後、なんとか状況を説明して、のちの仕事も確保した未悠は、美味しいお菓子か肉でも手土産に持って帰るつもりで、城へと旅立った。
城だなあ、と未悠はやはり石造りな城門の前で、立ち尽くす。
兵士が槍を手に、
「娘、何用だ」
と言ってきた。
城に来たら、自分の名前を言えとあの男は言っていた。
だが、思い出せない。
「あのー、こんな感じの」
とあの男が束ねていた髪の真似をする。
「こんな長い妙なマントを着て、腰に剣を差した、ちょっと鼻につく感じの男前に、此処へ来い、と言われたんですか」
と説明すると、兵士たちは笑い出す。
「シリオ様だ。ちょっと待ってろ」
……鼻につく男前で通じた。
みんな思ってるんだな……、と苦笑いしながら、未悠は中に通されるのを待つ。
「よく来たな、未悠。
来ないかと思っていた」
そう言い、椅子に座ったまま自分を出迎えるシリオの自室は城の中にあった。
どうやら、ただの騎士や魔導士ではないようだ、とその広い部屋を見回しながら思っていると、シリオは、
「期限のギリギリに来るとは、余裕だな、未悠。
みなは早くから到着して、王子のご機嫌とりに必死なのに」
いや、妃になる予定もないからですよ、と思いながら聞いていると、シリオは突然、
「未悠。
お前は話がわかりそうな顔をしている」
と言い出した。
どんな顔だ。
「ちょっと取引をしようじゃないか
もし、成功したら、お前の望むものをなんでもくれてやる」
と立ち上がり、側に来たシリオは言ってくる。
そっと石の飾りのついた美しい黄金の短剣を見せてきた。
「お前が妃に選ばれることはまずないと思うが、もし、夜伽の相手にでも選ばれたら、これで王子を刺すのだ」
いや、まずないと思うがって、なんだ?
「……王子を刺せって。
何故ですか?」
「まあいいから、ちょっと刺してこい」
いやそんな。
ちょっとそこまでお使いみたいに言われても……と思っていたのだが。
シリオは既に引き受けたものとして、未悠の手に短剣を預けると、
「気をつけろよ、それ。
刃先に毒が塗ってあるから」
と短剣を指差し、言ってくる。
ひっ、と未悠は固まった。
「少し刺すだけで王子は死ぬ。
大丈夫だ」
どの辺が大丈夫なのでしょうか、と思いながら、両の手にのった恐ろしいその短剣をこわごわ見る。
「あの~。
これ、身体検査で発見とかされませんかね?」
「生き別れた親から授かった懐剣だとでも言え。
身に危険が及んだら、それで命を断てと言われ、常に持っていると」
「いや、危険な目に遭ったとき、剣を持っているのなら、自分じゃなくて、相手を斬り倒せばいいんじゃないですかね?」
「……うん。
お前の思考はわかりやすいな。
というわけで」
どういうわけだ。
「秘密を知った以上、殺されたくなければ、これで王子をやってこい。
お前は、なにかこう、得体が知れない感じだが、見た目は悪くないからな。
ちょっと王子を誘惑してみろ」
と無茶を言う。
「あのー、誘惑って――
どうやってやるんですか?」
私、浮いた噂のあまりなかった人間なのでわかりません、と言ったのだが。
シリオも、
「……どうやるんだろうな?」
と言ってくる。
「その顔でですか、シリオ様」
「顔は関係ないだろうよ」
いや、あるだろうよ、と思っている間に、ほら、行け、と部屋を出るよう急かされた。
あまり自分と接触しているところを見られたくないのかもしれない。
この男。
もし、私が失敗して捕まったら、平気で私を切り捨てそうなんだが、と思いながら、シリオの部屋を振り返る。
ポケットに隠した小ぶりな短剣に、スカートの上から、そっと触れながら未悠は思った。
これで王子を刺せ、か。
あの顔の人間を刺したいのはやまやまなんだが、人としてどうだろうな……?
そんなことを考えながら、未悠は待っていた兵士たちに連れられ、控えの間へと向かった。
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