7 絶望の理由(壱)

「お姉ちゃんは、部屋の中を自由に歩き回ることができた?」

「――――(こくり)」


「お姉ちゃんは、両腕を何かで拘束されていた?」

「――――(首を横に振る)」


「お姉ちゃんは、口を何かで塞がれていた?」 

「――――(首を横に振る)」


 質問18

 あなたは、部屋の中を自由に歩き回れましたか?――はい

 質問19

 あなたは、両腕を拘束されていましたか?――いいえ

 質問20

 あなたは、口を塞がれていましたか?――いいえ


「……自由に歩き回れたし、両腕は拘束されてないし、口も塞がれてない……?

 ならなんでお姉ちゃんは、十一個目の質問に戸惑ったの……?」


 十一個目の質問。あなたは体の自由を奪われていましたか。

 答えは戸惑った後の『いいえ』。

 

 この質問への回答遅れは大きなヒントになり得る。思考整理によってそう結論づけた桜は、上記三つの質問を立て続けにぶつけたわけだが……その結果は、桜の予想を大きく外れていた。


 桜の予想はこうだ。

 体の自由を奪われていたか、という質問に戸惑うということは――「基本的には自由だったが、どこか体の一部分だけを封じられていた」のではないか。


 だが結果はご覧の通り。霞は監禁された部屋の中を自由に動き回れたし、両腕も縛られていなかったし、口も塞がれていなかった。

 この結果だけを見れば、「霞は部屋に監禁こそされていたが、体はまったくの自由だった」「回答に戸惑ったのは、偶々そういう風に見えただけ」と思わざるを得ない。得ないのだが。


「ううん。『回答遅れ』があったからには、きっとそこには理由がある。というか……そうでないと、時間が……!」


 とんとんとんとん。つま先で苛立ちと焦りを表現しながら、意味がないと知りつつも壁の時計を見やる。

 残り時間はあと十三分。サッカーであれば十分逆転可能な時間帯だが、残念ながらこの儀式にロスタイムは存在しない。やっぱりこの攻め方は間違いかも。そう言って戦略を変えるべき時間帯は、とっくの昔に過ぎ去った。

 今はつい数分前の自分の決断を信じて、地道に質問を続けていくしかない。


「えーと、えーと……! お、お姉ちゃんは……『なんの拘束もされていないけど、なぜか体は動かし辛い』……そんな特殊な状況でしたか……?」


 言ってはみたものの手応えはない。それは完全に、苦し紛れから出た質問だった。

 拘束されてはいないけれど、なんらかの理由で体が動かし辛い。もしそんな曖昧な状態がありえるなら、霞の回答遅れにも一応の説明はつく。

 

 しかし、だ。

 両腕が自由で、部屋の中を動き回れて、体に外傷がなくて、それなのに動き辛い。なんて限定的な状況が、桜には思い浮かばない。そもそもそんな状況を、犯人が手間暇掛けて生み出すとも思えない。

 だからこの質問は、かなりの確率で『いいえ』になるはずで――


「――――(こくり)」

「――は?」


 質問21

 あなたは『拘束されてはいないが体は動かし辛い』という、特殊な状況に置かれていましたか?――はい


 思わず、呆けた声が出た。

 それは桜にとって、まったく予想外の回答だった。

 

「で、でも逆に言えば……この特殊な状況さえ分かれば……!」 


 ただでさえ加速していた思考を、焼き切れるほどフル回転させる。

 両腕を拘束されていなくて、部屋を自由に歩けて、外傷もないのに、『動き辛い』。そんな特殊な状況を、頭の中に展開した疑似空間に思い浮かべる。

 

 鎖かロープに繋がれていた?――否。それなら部屋を自由に歩けるのはおかしい。

 胴体をロープで縛られていた?――否。それなら腕も一緒に縛られているはず。

 霞は外傷とは言えない怪我、もしくは病気を患っていた?――その可能性は、まだ否定できない。


「……お姉ちゃんは病気でしたか? あるいは内臓を負傷していましたか?」

「――――(首を横に振る)」


 質問22

 あなたは病気でしたか? もしくは内臓を負傷していましたか?――いいえ

 

 霞は内臓を負傷していないし、病気も患っていなかった。

 霞が動き辛かった理由は、他にある。


 ――常識は捨てろ。

 こんな特殊な状況があり得ている時点で、「まさかそんな」なんて思考は邪魔でしかない。どんなにあり得ないような状況でも、確定した情報と合致するならそれが真実だ。

  

 繋がれてもいない。縛られてもいない。

 外傷もない。内臓ダメージもない。病気もない。

 自由に部屋を歩ける。腕も自由。口も自由。なのに、動き辛い。


 考えろ、考えろ、考えろ。

 考えて、考えて、考えて、考えて――






「――お姉ちゃんは、? 動き辛くなるまで、何枚も何枚も」

「!!!――――――――――――――(首を、横に振る)」


 質問23

 あなたは「動き辛い」と言えるほどに、何枚も重ね着をさせられていましたか?――ひどく戸惑った後の、いいえ


「っ、これも『いいえ』……!? でも……手応えは、あった……!」

 

 悔しさと同時に、進展の喜びが桜の胸を去来する。

 真夏の窓のない部屋で、動き辛いと言えるほどの厚着までさせられ、放置された。言葉にするだけでおぞましいが、霞の味わった地獄はこれではなかった。

 

 しかし、その間違いと引き換えに桜は大きなヒントを手に入れた。

 十一個目の質問をしたとき以上の、大幅な回答遅れ。更に加えて、「あと少しでなにかを思い出せた」というような、椿かすみの驚愕の表情。

 

 理由は、正直に言ってまったく思い浮かばない。

 重ね着させられていたか、と聞かれ戸惑う状況など、今度こそ本当に思いつかない。いったいぜんたい、霞はどんな地獄を経験したというのだろうか。

 

「ぜんぜん思いつかないけど……私にはまだ、椿さんと見つけたヒントが二つある」


 椿との思考整理によって見つけた三つのヒントの内、まだ手付かずの残り二つ。それを微かな希望として桜は前を向く。

 即ち――


 ヒント1

 霞の霊は椿を異様に恐れていた。理由は不明。

 ヒント3

 佐久間が霞にした『頼み事』。それは一体なんだったのか。


 時計の長針が、チクタクと時を刻む。タイムリミットまで、あと10分。

 ロスタイムなどなくとも、逆転するには十分な時間だ。

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