見つめるだけでいい⑤
(仕方ない。今夜は窓から姿を見るまで寝ないでおこう)
しょんぼりしながら、真緒は通勤電車を降りた。
大学に進学してなかなか健の姿を見ることができなくなって以来、彼の姿を見るために窓に張り付くようになった真緒に対し、中学生以来の親友である笹川由子は辛辣だ。
「それってストーカー入ってない? ちょっと怖いよ」
「だって。会えないんだから仕方ないじゃん」
「いや普通に話しかけなよ。同級生だったんだし、『久しぶり! 元気? うちの水ようかん、最近食べてる?』とかさ」
「む、りー! 噛む。絶対に噛みまくって、あの冷たい目で軽く見降ろし、なんの反応も見せないまま通り過ぎてしまうに違いない。そしたら立ち直れないじゃん!」
「だから意識しすぎなんだって。あいつだって普通の人間だよ。ちょっと冷たいだけで」
「冷たく見えて、ハートは温かいんだってば」
いつまでも恋に恋してる乙女といった様子の真緒を見て、友人はさじを投げたようにため息をついた。
「好きにすれば?」
このやり取りを、何度繰り返してきたことだろう。
最近の由子はいい加減面倒になってきたのか、真緒の恋バナには口を出さなくなっている。
というより、社会人になってからは仕事が中心になっているせいか、学生時代のように気軽につるむこともできないし、堂々巡りの真緒に付き合いきれないという思いもあるのだろう。
そのせいか、真緒の恋心はこのところ暴走しかけている。
仕事中もぼんやり健のことばかり考えていたせいで、その日、真緒はミスを頻発させていた。
「いい加減にしないさい。周りにも迷惑がかかるし、こんなにミスプリントを繰り返したら経費も無駄にしてることになるでしょう? もっと集中して」
呆れ顔の上司を見て、真緒は慌てて具合が悪いフリをした。
「すみません……。なんか、熱っぽいというか……調子が悪くて」
「そうなの? 朝からぼんやりしてたしね……。じゃあ、今日は無理しないで帰って」
多少怪しく思いながらも、上司は早退を促した。
「でも……」
真緒は失敗した書類の山にちらりと視線を向ける。
「具合が悪いせいでこれ以上ミスされても困るから、病院で診察を受けて、体調を整えてから来て」
上司の本音がこぼれ出た。
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