104話 聖女聖誕祭(子持ち)
ついに三十歳を迎えたとある冬の日だ。
間近に迫る聖女聖誕祭を前に、俺は困窮していた。
最近の俺を悩ますものは娘の存在以外になかった。俺は悩みを抱えないように生きてきたのだ。しかし、そんな俺の策謀も配慮もまったく無意味な予測不能存在こそが娘なのであった。
三歳になってからというもの娘のサラは体も強くなり、頭も強くなった。
操る語彙が爆発的に増え始め、そして己の願望をハッキリと、つたないながらも、言葉であらわすようになっていたのだ。
こうなると困るのが聖女聖誕祭で渡すことになるプレゼントであった。
聖女聖誕祭――それは今の文明よりずっとずっと前に存在した、とある聖女の生誕を祝う祝日である。
なにせ伝説の人物なのだから色々語られる聖女ではあるが、おおざっぱに言えば、『聖地に閉じこもりそこを独占していた悪魔を、武器を用いずその場から出すことに成功し、さらに眷属にした』とかいう活躍をした人だ。
これがなにをどうして家族でケーキを食べたりプレゼントを渡しあったりする日になったのか、宗教に詳しくない俺にはわからないが、とにかく現代では『お祝いの日』として、信仰にかかわらず世界的な行事として浸透していた。
これまでそのメリットを享受してきた立場だから気にもしなかったが、『子供にプレゼントを渡す』というのが、これほど神経を使うことだとは思いもしなかった!
いや、去年までだってもちろん渡していた。
しかし去年、サラはまだ二歳だった……二歳。言葉を操る。動く。それでもまだどこか『個性』にはぼんやりしたところがあって、なにを渡してもだいたい喜ぶような、そういうありさまだった。
しかし三歳になると『好み』というものが急に存在感を強めてきて、新米両親の俺とミリムは、突如わいて出た娘の『個性』に振り回され、こんな時期までプレゼントの選択を終えられないでいた。
俺たちは仕事中のちょっとした休み時間などに、携帯端末でおおいに会議を開いた。
「サラはちょっと、好みが男の子っぽいところがあると思う」
ミリムからそんなメッセージが送られてきたのは、幾度もループした話し合いの果てだった。
サラの好みが男の子っぽい……言わんとするところはわかる。
見ている番組の傾向とか、あと、反応を示すものとか、たしかに男の子っぽい。
まあ今時は男の子がお姫様になったっていいし、女の子がヒーローになったっていいという風潮ではある。俺たちだってサラがどう育ってくれても愛すると思う。
だが、プレゼント選択においては、そういった性向は無視できない指標だった。
「でも、巨大ロボットのおもちゃとかをプレゼントされても、うれしがらないと思う」
それもまた『わかる』という感じだった。
サラはロボットが好きではない……というか『戦い』のシーンが好きではない。三歳児にしてすでにヒーローものの中にある人間ドラマを楽しんでいるフシがあった。天才だよ。
そもそも今の時期に『ロボットほしい』とか言われても困る。
すでに聖女聖誕祭に向けた商戦は数ヶ月前に始まっていたのだ。子供に人気が出そうなおもちゃなどは予約しないと手に入らないのが必然であり、今からかけずりまわっても『鉄板商品』みたいなものは入手不可能だろう。
事前の用意をおこたらない性格の俺とミリムのプレゼント選択がこんな時期まで続いていることが、とりもなおさず『娘への誕生日プレゼントを選択する困難さ』を示しているとも言える。
俺たちはもうかれこれ半年ぐらい、プレゼントを決めかねているのだった。
だって――サラが成長とともにガンガン好みを変えていくから。
俺たちは成長する娘に振り回されていた。
すでにプレゼントについてのやりとりの履歴はすさまじい長さになっていて、スクロールして会話を振り返れば、『こいつらなんでこんなに同じような会話のループばっかりしてんの……』とじゃっかん不憫に思えるほどだった。
しかし俺は……俺と、きっとミリムもそうだけれど、たしかにこのループまみれの協議のあいだ、『親』をやっているような満足感にひたっていたのだ。
俺は成果主義だ。重ねた努力の量に意味がないことを死ぬほどよく知っている。
その視点で言えば結論の出ない相談は無意味と言うほかになく、努力のあとは見えるが、『だからなんだ』というように思うはずだった。
それでも俺は、この長い『娘へのプレゼントについての相談履歴』を宝物のように思えている。無駄にまみれてしか見えないこの会話に、一つだって無駄なところなどないと誇れるような、そんな心地なのだ。
俺たちの会話はやっぱり休み時間のあいだには終わらず、けっきょくプレゼント選びは紛糾に紛糾を重ね、聖女聖誕祭前日に『なさそう』と思いながらおもちゃ屋をかけずり回る羽目になるのだった。
娘が三歳を迎えた年度は、聖女聖誕祭以降もこんな感じで終わったと思う。
新しい年度が始まり、サラは四歳となった。
時の流れは本当に、早すぎる。
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