69話 二人ぶん

「お前にしか頼めない」


 おそらく初等科までの俺ならば『俺に頼めることなら誰にでも頼めるだろう』という感想を抱いただろうが、今の俺は、そこまで自分の能力に無自覚ではない。


 俺は己を鍛え続けてきた。

『敵』との戦いに備えた自己鍛錬だった。『敵』は未だ姿を見せないが、備えた時間は無駄にはならない。


 自分には才能がなく、不遇だ――そう百万回の人生で学んできた俺ではあるが、最近はちょっと人にほこれることもいくつかあるし、きっとマーティンが俺を頼るなら、そういうあたりが理由なんだろうなと思った。


 だから俺は、堂々とたずねる。

 俺に頼りたいのは――掃除か、洗濯か、料理か、裁縫か、さあ、どれだ?


「いや――合コンの数合わせだ」


 サヨナラ。


 通話を切ればブツリという音とともに完全なる無音となった。

 ここに俺とマーティンの交渉は完全に断絶したのである。


 だが、マーティンは死んでいなかった!


 再び通信端末が着信を俺に知らせる。

 ディスプレイを見れば――マーティンの名前があるではないか!

 通話開始。


「いきなり切ることないだろ!?」


 俺は合コンというものを知っている。

 むろん、『知識で』だ――実際に経験したことはない。

 なぜならば俺にはミリムがいる。合コンというのが『恋人を探す会』である以上、参加それ自体が浮気になるだろう。

 俺は敵を増やさないことを目的に生きている……ミリムを敵に回すようなあらゆる行為は避けていきたいという考えはゆるぎない。


「いや、大丈夫だって。数合わせだから。一人ドタキャンしたんだよ。それでさ……」


 なにが大丈夫なのかわからない。

 数合わせの意味はわかる。噂では合コンというのは男女同数でおこなうべきことなのだ。どちらかが少なければ、どちらかが不満を抱く。


 だけれどマーティン、俺は思うんだ。

 お前が二人ぶんがんばれば、二人ぶんの恋人を得られる可能性、あるんじゃないか?


「いや、ねーよ!」


 しかし考えてみてほしい。

 お前は――二人ぶんある。


「なにが!?」


 本当にわからないのか?

 お前は、二人ぶんある。

 一人の人間は、一人ぶんなのが通常だ。あらゆることは、一人につき一人ぶんだろう。

 だからこそ『二人ぶんある』と言われれば、心当たりがあると思う。なにせ、一人で二人ぶん持っているものなんか、そうそうない。

 あるだろう? ――二人ぶん。


「えっ、いや、うーん……あっ、アレか?」


 気づいたようだな。

 なら、俺から言えることはなにもない。

 二人ぶんを活かせ。そうすればお前は、マーティンというたった一人でありながら、二人ぶんだ。


「そうか……なるほど、それも一つの考え方だな。わかったよ、しょうがねぇな。……二人ぶん、やってやるぜ」


 そう、その意気だ。

 じゃあな――俺は通話を切った。


 そしてごろんとベッドに横たわりながら思うのだ。


 マーティンに二人分あるもの――


 いったいなんなんだ……

 俺のほうには心当たり全然ないぞ……

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