67話 正装獲得

 近年まれに見る豪雪がおさまったころ、俺は実家に帰り、両親やミリムたちに二十歳の誕生日を祝われ、そして正装スーツをプレゼントされることになった。


 オーダー品である。

 この世界の衣服はいわゆる『吊るし』と呼ばれる既製品と、オーダーし細かく採寸され作られる一点モノとがある。

 どちらがより高級かは、かかる手間の差を思えば歴然だろう――オーダー品は高い。最近は既製品と比べても『ケタが違う』というほどではないものの、やはり値段は倍とか、そのぐらいにはなるようだった。


 世間では大学の入学式でスーツを着る者も多く、そのタイミングでちょっといいものを仕立てる場合もあるようだったが、保育所から大学までエスカレーターのうちの学園では、『去年まで着て通っていた制服』を着て入学式などは参加するならわしとなっていた。


 つまり『自分のスーツ』というものを手に入れるのは初めての経験であり、採寸を終えて、完成を待つあいだ、俺はぼんやりと『スーツを着た自分』というものを想像していた。


 想像もつかない。


 制服だってそうスーツと違うデザインというわけではなかった。シャツを着てジャケットを着てスラックスをはく。タイだって締めていた。

 だというのに、ずっと制服を着ていたはずの俺は、制服と近しいデザインであるはずのスーツを着た自分をうまく思い描けていなかった。


 このどうしようもない不安? 焦燥? を抱いた俺に浮かんだのは、『アンナさんに連絡する』という選択肢だった。


 連絡してなにをするのか? いそがしいんじゃないのか? そもそも、俺に応対してるヒマなんかあるのか……


 わからないことだらけだった。普段ならまずとりえない選択だった。

 なぜなら俺は敵を増やさないことを目的に生きているのだから。相手に『失礼だ』と思われることを極度におそれているのだから……


 それでもアンナさんに意味不明、目的不詳の質問を送ってしまったのは、きっと、今の肉体に引きずられている俺の心がまだまだ未成熟で――いや、言い訳はよそう。百万回転生しようが、俺の心はいっこうに、成熟しないままだから、なのだろう。


 大人になるって、どういうことですか?


 俺が送ったのは、こんなわけのわからない質問だった。『自分で答えかたを想定できない質問はしない』という、俺が密かに抱いているルールを破ったものだ。


 さぞや困るだろう、無視されるかもしれない……俺のおそれは質問送信後に秒単位で増していった。数分も経って、『すいません、忘れてください』と送ろうかと決意したその時、


『大人になっても、わかんないよ』


 そんなメッセージが、送られてきた。


 それは突き放したようにも見えるメッセージだったけれど、俺は不思議と、『あ、そうなんだ』という安心と納得を抱くことができた。

 飾り気のない単文だったけれど、アンナさんは、俺がどう受け取るかがわかっていたのかもしれない。補足はなかった。ただそれだけで、俺からの返事を催促することもなかった。


 もうすぐスーツができあがり、俺は三年生に進む。


 社会に出る日が刻一刻と近づいてきていて、俺は、ふと、自分の行く末を決められた気がした。

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