66話 一つの節目

 その日はなん年かぶりの豪雪らしくて、朝から様々な交通機関に影響が出た。


 ニュースはひっきりなしに雪のすさまじさを喧伝し、止まった交通機関を映し出し、足止めされる人々が困っている様子を流し続ける。


 俺は家にこもってそのニュースを見ながら、彼ら彼女らが『なぜ豪雪を予報されていながら休みをとれなかったのか?』ということについて思索していた。


『敵』のせいだ。


 やはり敵はいる……久々にそう確信できるトピックスにふれて、俺は興奮していた。

 今まであまりにも存在感がなさすぎて、『俺が今まで敵にしてきた対策はすべて無駄だったんじゃないか』と思い始めていたところだった。


 いかにも本末転倒だ。『敵』なんかいないほうがいいのに、いることを喜ぶ……俺はもう『敵』のいない人生が想像できないのだ。いるに決まっているし、いてほしいとさえ、思っているのだろう。

 俺は戦って勝ちたいのかもしれない。戦わないことこそ最良とさんざん言っておきながら、それでも、戦って勝ち取りたいのかもしれない。


 英雄願望。


 だって『敵』は悪なのだ。


 今日の様子を見るに、そう確信できた――『敵』は大勢の人を害する立場にある。

 だってそうだろう、人命より優先されるべきものはないはずなのに、こんな、事故でも起こりそうな日に社会は『働け』と命じるのだ。


 そう、ニュースで交通機関麻痺による足止めを食らっている人たちは、すべて『敵』の意図でそうさせられているのである。

 だってそうじゃないなら、わざわざ止まるに違いない交通機関を頼って、死ぬかもしれない豪雪の街を歩く意味がわからない。


 きっと人質でもとられているのだろう。それは具体的なものではないかもしれないが、『稼ぎ』とか『ライフライン』とか、そういう、生活の首根っこなのだ。


 まず『働かないと生きていけない』という概念からして俺は『敵』の策略だと思っているぐらいだ。

 うまく言えないが、この世界の文明には意図的な『ひずみ』があると思う。

 どこかで違ったルートを選べば『人類が働かずに生きていけた世界』が現在あって、でも、『敵』が邪魔をし続けたせいで、人類は今、働かなければ生きていけないのだと、俺は思っている。


 人類から労働という枷を取り去れそうだった偉人たちはいくらもいる。

 だというのにできなかった今の状況がある……『敵』の敵は人類そのもので、社会そのもので、文明そのものなのだろうと推測できた。


 だが、おかげで安心もできる。


『敵』は『社会を外側から動かす存在』ではあっても、『社会』そのものではない。

 俺はママを信じてよかった。パパを信じてよかった。アンナさんを、ミリムを、マーティンを、シーラを信じて、よかったんだ。

 カリナ……うーん。カリナは信じてるっていうかほっとけないっていうかそういうカテゴリなのでちょっと違うが……


 信じてよかった。

 信じるって、ハッピーだな!

 なあ! おい!


「レックスお前、酒弱いな……」


 今日は俺の二十歳の誕生日だった。

 あいにくの豪雪だが、前日から泊まりこんでいるマーティンには関係がなく、豪雪の予報を見て飲食物を買いだめしておいた俺にスキはない。


「わかったわかった。はいはい。もう寝ろ。とりあえず寝ろ」


 マーティンにベッドへおいやられ、俺はころんと寝た。

 二十歳だぞ。

 俺は二十歳なんだぞ……

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