62話 彼女の話
マルギットという二歳年下の子がバイトに入ってきたのは夏になろうかというある日のことで、そいつはどうやら俺のことを知っているようだった。
通っているのが同じ学園ということだったので、そこで俺は不本意ながらも有名人だったようだし、そういうことだろうと勝手に納得していた。
だが、そうではなかったらしい。
「ミリム先輩からよく聞いてるんですよ」
マルギットはなぜか機嫌悪そうに言う。
彼女はいつだって機嫌が悪そうだった。それも『そういう顔』とかじゃなく、俺に対してだけ、機嫌が悪い。きっと俺が無自覚になにかしているのだろうと思う。人はすべての行動を自覚的にできるわけじゃないから、そういう可能性は考慮してしかるべきだ。
彼女の顔立ちはどこか子供臭さの残る感じで、背も低いので、周囲の大人たちからよくちやほやされている。
俺もちやほやしたかったのだが、俺たちの関係は決して良好とは言えなかった。
赤茶色のお下げをもてあそぶクセが印象的な彼女は、休憩時間になるとなぜか俺にからんでくる――まあ休憩時間がかぶっても休憩場所が複数あるわけではないので、自然、狭い場所に二人きりになるから、しょうがないのだけれど。
「レックスさんは……ダメだと思います」
拝聴しよう。
俺は常に自己改善のための助言を求めているタイプだ。人は己のことを己一人では把握できない。いつだって、俺はアドバイザーというものをそばにおいてきたのだ。
「ミリム先輩は……言葉少ないけど、かっこういい人なんですよ。それが……」
俺がどうダメなのかという話を始めたはずなのに、マルギットがするのはミリムの話ばかりだった。
俺はいくつもの『俺の知らないミリムの話』を聞くことができた。運動神経が万能だとか、後輩の面倒見がいいだとか、成績も優秀だとか、そういう話だ。
マルギットの話を聞いていて、俺はとある点と点がつながったような気がした――前にミリムがちらりと言っていた『女の子に告白されたことがある』という話、あれ、相手はひょっとしたらマルギットなんじゃないだろうか、と。
もちろんそんなことを本人に確認するほど野暮ではない。
とにかくマルギットは不機嫌そうにいくらでもミリムのことを語ってくれたし、俺は、ミリムについての新鮮な情報をいくらでも聞き続けることができた。
休憩時間の終わりぎわ、またミリムのことを話してほしい、と言った。
マルギットは不機嫌そうだったけれど、断りはしなかった――まあ、他に俺と休憩時間がかぶった時に話すこともないだろうし、自然とそうなるだろうとは、彼女も思ったんだろう。
俺は休憩室から出る時に、ミリムに一つ連絡をした。
スポーツ万能だったんだって?
『まあね』
絵文字もスタンプもないけれどなんとなく嬉しそうなミリムの顔が浮かんだ。
これからもマルギットとの会話は大切にしていきたいと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます