51話 自己改変
夏祭りで甘くみてはいけないものが三つある。
熱気。
湿度。
行列。
この三つだ。
俺より先輩であるカリナは『なんかこういい感じに』ぐらいしか忠告をしてくれなかった――ものごとを論理的にとらえず感覚でとらえるタイプなので、俺は後輩たるミリムに対し論理的な忠告をしようと思う。
まずはそうだな。
トイレの重要性から話そうか――
軽く説明を終えたころにはもう移動開始時間であり、俺たちはやや急いで祭りの会場に向かうことになった。
今回の祭りは本当になにもソツがなく――会場の空気に慣れていないはずのミリムがなにか困りごとを抱えたりすることもなく進み、終わる。
終わったあと、俺たちは焼き肉を食べた。
それはいくつかのサークルが合わさった焼き肉パーティーで、なんでも冬祭りの時にカリナが約束をとりつけていたものらしかった。
あのカリナが……と俺は感慨深い気持ちになる。カリナがなにかをするたびいちいち感慨深い気持ちになっている気がする。
俺の中でのカリナは『勉強ができず、友達もできない』者だった。
そのころの記憶がいつまでも俺の中のカリナ像なのだけれど、もはや、そんなカリナはどこにもいない。彼女は彼女の生きやすい世界で、生きやすいように、生きていた。
むしろ改めるべきは俺の脳内イメージのほうだろう。
カリナは成長した。そして――ミリムも、成長している。
俺たちは恋人試用期間中だ。
けれどそんなことは関係なく、一時期、緊張して付き合いかたに戸惑ったこともあったが、以前通りに俺とミリムの関係は続いている。
俺の中のミリムはまだ赤ちゃんなのだった。
恋人という言葉は俺の中でどこかままごとのような軽い響きを持っていて、恋愛だのその先にあるだろう結婚だのというのは、まだまだ先の遠い遠い未来のように思える。
けれど俺は十七歳だ。
うちの両親が三十手前で結婚したことを考えれば、まだまだ結婚は先の話だという認識は間違っていないのだろう。それでも思うのだ。『十七年、あっというまではなかったか?』と。
前回参加した夏祭りも、一年前だというのに、思い返せばまるで数日前に起こったことのようにしか思えない。
俺が生まれたのも十七年以上前だというのに、体感的には一月ほどしか経っていないような感じがする。
イメージの刷新が必要だった。
ミリムはもう赤ちゃんではなく、俺もまた幼児ではない――そのことを、頭ではなく心で理解する必要がある。
だが、どうやって?
俺は今まで百万回生きてきたが、この手の悩みとは無関係だった。
命の直接的な危機に対し頭を働かせない日はなかったが、こういうどこか牧歌的で、けれど放置すればジワジワ真綿で首を絞めるがごとく俺を悩ますであろう種々の問題に対処をした経験が絶無だったのだ。
この手の問題は解決法を調べることさえ難しい。
検索社会の弱点だ。
一言でわかりやすくまとめられない概念は、共有できない。
誰かインフルエンサーが定義化して名付けてくれれば、それこそあらゆるところからこの問題に対する答えや『自分も悩んでいる』という共感の声があがるとは思うのだけれど、この複雑でわかりにくく、きっと誰もピンとこない問題を定義化するメリットがまるでなく、期待はできない。
もしも同じ人生をなん度もやりなおす能力が俺にあったならば、それこそ無限に近しい数のトライアル&エラーを繰り返すところだが、俺の転生に二度同じ人生はない。
無為だとわかりつつも全知無能存在への恨みごとが頭に浮かぶ。どうしようもない問題について悩んでいる時はいつもこうで、つまり答えが出ない時、俺の思考は空転を繰り返すのだ。
夏が遠ざかり短い秋が過ぎて、いつしか俺は十八歳になっていた。
吐く息が白くなり街には聖女聖誕祭のイルミネーションが準備され始め、気の早い世間が聖女聖誕祭に向けた商品を早くも陳列棚に並べ始めた時――
――不意に、『彼女』から、連絡が来たのだった。
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