46話 伏兵

 よき助言者がいる人生は幸福だ。


 俺にはわからないことが多い。

 それは『調査不足』『知識不足』『想像力不足』というだけではなく、俺が俺であるゆえに――たとえば俺が『男』であるゆえに、『高校三年生』であるゆえに、あるいは『あの両親の息子』であるゆえに、『アンナのような存在と知り合いであるがゆえに』――わからないこと

が、数多くある。


 もしも女性であればわかることがあるだろう。もしも高校二年生でなければわかることもあるだろう。もしも両親が違えば、アンナやミリムと知り合わなければ、わかることは、ある。


 世の中のすべてを知ることはできない。

 俺を百万回も転生させた全知無能なる存在でもない限りすべてを知り得ない――全知無能のあいつでさえ、全知ならぬ者の気持ちは知り得ないと、俺は思っている。


 だからこそ人生には助言者が必要だ。


 さて、俺は女性について知りたい。

 女性の気持ち、女性の望み……いや、ぶっちゃけてしまえば性別は問わないのだ。とにかく俺が専業主夫あるいはヒモとして雇用されるに足る存在であれば、人種性別年齢、あらゆるものを問わない。

 だが、長らく雇用されることを視野においてストレス面その他を考慮する場合、同性よりも女性のほうがいいなとは思っているし、年齢は近いほうがいいとも考えている。


 つまり――年齢の近い女性にモテたい。


 だが俺にはモテかたが想像もつかない……女性というものの気持ちを知りたいというのはいつでも思っていることではあるが、たしかに知ることができたという実感をもてたことは一度もないのだ。


 だから外部にアドバイザーがほしい。

 同年代の女性の気持ちを知りたいのだから、それはもちろん同年代の女性であるべきだろう。


 俺はそういった時に幾度もミリムを頼ってきた。

 だが今まで結果はかんばしいとは言えなかったのだ。ミリムのことを信じたいし頼りやすいという気持ちはありつつも、厳正に結果から判断し、頼るべき相手を変える必要性にかられていた。


 そうなると誰が適当か?

 考えた結果、俺はある休日、シーラをちょっとおしゃれな喫茶店に呼びだしていた。


 実は俺――女の子の気持ちが知りたいんだ。


「は? え? うえ? は? な、なにが? なんで? え、なんであたしに?」


 意味がわからないほど混乱された――まあたしかに切り出しかたがちょっと唐突すぎたかもしれない。

 だが変に言葉を飾って本題がボヤけてしまってもいけないしな。俺は嘘偽りのない信念をシーラに打ち明けることにする。


 将来に就くべき職業の第一位に専業主夫を志している。

 そのためには――嫁を見つけないといけない。


「どうしよう、説明を聞いても意味がわからない」


 そう言うシーラはしかし、最初にくらべてずいぶん落ち着いていた。

 たぶんコーヒーの香りが彼女を落ち着かせたのかもしれない――奮発してかなりいい喫茶店に来たかいがある。


 俺はたたみかける。

 用意していたお手元の資料をごらんください。こちらにあります円グラフが『私の可能性』でございます。昨今、学力というものはかなり万能な『将来を購入するための通貨』であり、私の学力はシーラさんもご承知のことと思います。

 では資料の二枚目をごらんください。私の学力で就くことができる職業を一覧にしてあります。様々な要職、重職がございますが、それら職業に就いた者の平均寿命が一覧の右にまとめてあります。そう、原因は様々でしょうが、みな八十程度までしか生きられないのです。

 私の目的は『九十歳まで健やかに生きる』ことでございます。

 そうなるとこれら職業は、おそらく多大なストレスやそれに伴う不摂生、睡眠時間の確保の困難さなどから寿命を削ることになることが想像にかたくありません。すなわち――


「待って待って待って。心がついていけないよ! つまりなに? なんなの?」


 俺は――長生きしたい。

 そのために最良な職業が、専業主夫だと結論づけた。

 だから専業主夫になるために、雇用主、すなわち相手を見つける必要がある。

 見つけた相手とうまくお近づきになるためのアドバイスをシーラにもらいたい。


「まずなんであたしをチョイスしたの!?」


 仕方ない。俺はミリムについて話さざるを得なかった。

 俺は携帯端末に保存してあるミリムの画像を選ぶ。シーラに見せてもよさそうなのは……高校の入学式の写真だろう。

 制服を着たミリムと俺が並んで映っているそれを見せる。


「これがあんたの彼女?」


 違います。


「でも距離感が恋人のそれじゃない?」


 そうか、シーラは幼稚舎からだから知らないのか。

 俺は学園の保育所における制度の説明をしなければならなかった。保育所では子供が子供の世話をする状況が起こって、そこで世話したほうとされたほうのつきあいは末永く続くことが珍しくない……つまり俺はミリムのオムツを替えたのだ。ようするに兄と妹に近い。


 それはいいんだ。問題はこのミリムがなぜアドバイザーにふさわしくないかという話で、ミリムは俺が『実は遊びに行くことになったんだけど……』と切り出せば『わたし誘われてない』と言い、『実はこういう会合が……』と切り出せば『わたし誘われてない』と言い、とにかく誘われたがる……

 おまけにミリム自身に彼氏的なのがいるのかと聞くと非常に不思議そうな顔でこちらを見つめるばかりで、まったく会話にならない……

 返す返すアドバイザーとしては不適格で、しかし俺は兄補正でミリムを頼ってきたが、このたび心機一転してアドバイザーをより的確な人に変えようと思った。

 そうして選ばれたのがあなたでした。

 引き受けてください。


「というかミリムちゃん? あんたの彼女のつもりでいるんじゃない?」


 それはない……が、アドバイザーに指名した者の意見をいきなり『ないわ』と切り捨てるのであれば、なんのためのアドバイザーかわからない。

 ミリムが俺の彼女のつもり? ……思い当たるフシが全然ないが、それは俺が俺だからであり、俺以外の視点をもってすれば、また違った結論が導き出せるのかもしれない。


 わかった。ではミリムに確認をとろう。

 そこで早速アドバイザーに質問なのだが……どうやって切り出せばいい?


 お前、俺の彼女なの? って聞くの?

 さすがにそれがどのケースであれまずい聞きかたなのは、俺でもわかるんだけど……


「あー……うー……んー……そうねえ」


 付き合って。


「は?」


 ミリムに彼女かどうか確認する時、付き合って?


「……いやいやいや」


 シーラはなぜかいやがったが、俺がしつこく食い下がると承諾した。

 こうして俺はミリムに『お前、俺の彼女?』という今後なん回転生しようとも二度とする機会がなさそうな質問をすることになったのだった――

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