32話 再会

 カリナは受験に成功し、外部の高校へ進んだ。


 ちょっとしたお別れ会もおこなった。参加者は俺とミリムと、マーティンと、彼女だけだった。

 彼女の個人的な友人はいない。

 そのことについてなにかを言うような者は、お別れ会には一人もいなかった。


 いよいよ俺は三年生となり、昨年十月あたりになんかうっかり生徒会長になってしまったので、任期満了まで慌ただしく活動をすることになる。

 当然のようにミリムに生徒会入りを打診し、ミリムはこれを了承。成績も問題なく、エスカレーター式にこのまま高等科課程へ進むことになるだろう。


 慌ただしくも平穏な日々が過ぎていく。


 だからきっと、なにかが起こるだろうと俺は覚悟していた。


 今生の俺はたしかに前世に比べればちょっと幸福なのかもしれない。

 俺の周囲の人は軽々に不幸にならず、俺にも『人生を楽しむ』ということが少しぐらいはできているのだろう。


 だが、さすがに平穏すぎる。


 これは前フリだ。たとえばゴム。それは伸ばせば伸ばすほど、強い勢いで縮むだろう。あるいは川。時間をかけて水をせき止めたせきを切ったならば、あらゆるものを巻き込み暴悪にすべてを押し流す濁流となるだろう。

 俺が過ごしている今の『平穏』は、ゴムを伸ばす時間であり、水をせき止める時間にしかすぎない。


 いつか来る。今にも来る。すでに来ている。もう来る。俺は俺を襲う『敵』のよからぬ力への警戒をおこたらなかった。

 情報収集は可能な限りしている。自己鍛錬も十全だ。ただ、『敵』は予想もしないところから来るのが常であり、事前に己をどれほど鍛えようがすべて無意味になることも珍しくはない。

 本当の本当に、『敵』はその影さえさらさないのだ。

 このまったく姿を見せない『敵』はいつでも俺を戦慄させていたし、『敵なんかいないんじゃないか?』と信じたい衝動をこらえるのには、大変な意思力が必要だった。


『目立たない』『目立たない』『目立たない』……俺はいつも三回唱えて壇上にのぼり、生徒会長のあいさつをする。

 中等科の生徒たちの視線がいっせいに俺に集まるのを感じる。俺はあまり目立たないようにそつなく特徴のないあいさつをし、教師に強制されたような拍手をもらい、壇上を降りる。

 今日も存在感を消しつつみんなの注目を一身に集め、そうして一学期の終業式は終わり、夏休みが始まる。

 その夏休みも過ぎ、ミリムを次期生徒会長にするべく根回しをしていたら文化祭も終わり、生徒会長選挙も俺の計画通りミリムを会長として終了した。


 あまりにも平穏にいっさいがすぎていく。

 中等科課程はそうして終わり、大きな事件もなく、俺がようやく『中等科ではもうなにも起らないだろう』と気をゆるめた――


 その間隙を突くように、『それ』は現われた。


「久しぶり。あたしのこと覚えてる?」


 春休み。

 中等科と高等科のあいだに位置する、期間――


 高等科のクラス分け掲示板を見る俺の背後からかけられた声があった。

 振り返り、見たそこにいたのは――赤毛の女。


 この学園の制服に身を包んだそいつは、初等科卒業時にわかれた、四月生まれのシーラその人だった。

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