31話 卒業
文化祭を終えてようやく本年度の大がかりなイベントがすべて終了し、ホッと安堵の息をつくのもつかの間、目前にはカリナの受験がせまっていた。
エスカレーター式の学園において、わざわざ外部に行く者の事情については詮索をしない文化があった。
そこにはどうしようもない『家庭の事情』が立ちふさがる場合が多かったし、時には家庭の経済事情にまで踏み込んだ話になってしまうからだ。
だから雪がちらつき始める季節がおとずれ、受験最後の追い込みに入るまで、俺はカリナが外部受験を選ぶ理由を知らなかった。
「クラスにうまくなじめなかったんだよね」
それは周囲に人のいない図書室の片隅で、唐突に語られた。
「ボクは中等科からの外部入学組だったんだけど、クラスの半分ぐらい初等科からのエスカレーター組じゃない? だからまあ、なんていうか……すでにいろんなグループがあって、外部入学組のグループにも入れなくて、これが高等部まで続くと思ったら、ちょっとね」
もし俺が、今生で人生一回目ならば、『そんなことで?』と無邪気に聞き返していたかもしれない。
だが俺は知っている。人間関係の大事さを。その取り繕いがたさを。
スタートでつまずくと、もう挽回は難しい。
そうして自分不在で固まりきった人間関係に割り込んでいくのは大変な労力が必要だ。エスカレーター式の学園ではその『固まりきった人間関係』が中等科を卒業しても続いていく。
ならば『知らない土地で最初から始める』というのは、悪い選択ではないように思えた。
「レックスはボクと同類ではなかったんだよね」
春風の吹きすさぶ屋上での出会いを思い出す。
前世。この世界に必ずいるはずの『敵』。それを意識さえしない同年代の連中……俺は独りきりだった。自分以外が馬鹿に見えてしかたがなかった。
でも、俺の孤独は、孤独ではなかった。
だって戻れる場所があったから。戻る気になれば戻れる『居場所』は、クラスに、あるいはそれ以外にあったのだ。
「実は外部受験しなくてもいいかなっていう気持ちも、ちょっとあったんだよ。だって君がいたからさ。高等部に入っても、君とまたこうやっていればいいかななんて……まあでも、君にはボク以外にもいたんだよね。だから、やっぱり頼りっぱなしはよくないかな、なんて」
……そういえば、あの夏のプール以降、カリナの勉強への熱意が増したような気もする。
あのお誘いは、彼女にとってなんらかの転換点だったのかもしれないと、今さらになって思えた。
「実はね、クラス以外の場所に目を向けたら、けっこう同志がいてさ。今ではネット上だけだけど、そういう人たちとも、ちょっとつきあいがあるんだ」
同志?
彼女は「男の友情を好む、同志だよ」と答えた。男の友情を好む同志……その意味するところはうまくつかめなかったけれど、それはきっといいことなのだろうと思った。
「受験がんばるよ。もう少しだけど、よろしくね、先生」
カリナは笑った。
もう眼帯も包帯もない。出会ったころとすっかり変わった彼女が笑って、俺はなんだか、寂しく思えた。
だって、彼女は変わる。受験を終えて外部の高校に行ったら、俺のことなんか忘れてしまうかもしれない。
妙な確信があった。
彼女はきっと、もう、『敵』と戦わない。
この世にひそむ悪辣なる真実を見ることもないだろうし、『敵』に対して対策を立てることもしないで――普通の人のように、生きていくのだろう。
……卒業していく。
望むと望まざるとにかかわらず、彼女は卒業していく。
どこかはかなげにほほえむ彼女を見ていて、それはきっと、いいことなのだろうと思った。
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