30話 男の友情
金を払うことが格好つけることではないとわかっている。
しかし、なぜか、ミリムを説得してまで俺はミリムのチケット代金を払うことを求めてしまったのである。
わからない。『払いたいミリムの意思をまげさせ』『決して多いとは言えない貯蓄を切り崩し』それでも払ってしまう……この精神の働きが、百万回転生した俺にさえ複雑怪奇で、自分の行動原理がさっぱりわからなかった。
でも、俺が払うと決まったあとに胸のすくような心地があったので、たぶん、俺の心になんらかの自己満足があったんだろう。
その日の大型遊泳アミューズメント施設でのできごとを詳細に記憶するのは、少々情け容赦がなさすぎると俺は感じている。
マーティンは、誰も連れてくることができなかったのだ……
これは『マーティン、撃沈!w』という単純な話ではない。
たとえばクラスメイトを誘えば一人か二人、マーティンの誘いに応じそうな者はいたように思う。
あるいは後輩か。ホウキフットボール部で活躍するマーティンはそこそこの人気があって、マーティンの中身を知らない、あこがれにより描かれる幻想マーティンしか知らないような後輩をうまくだまくらかして連れてくることも、不可能ではなかっただろう。
だが、のちにマーティンに述懐されたことだが……彼は、俺に、格好つけたかったそうだ。
俺が先輩女子を誘う。
ならばマーティンも、先輩女子を誘いたかった。
俺が後輩女子を連れて行くと連絡した。
その時まだ誘いに応じる相手を見つけられていなかったマーティンはおおいにあせり、そして自分でハードルをあげてしまった……なんと、高等部の先輩女子を求めたのである。
いくらなんでも無茶がすぎる。
中等部学生など、高等部学生にとっては『子供』だ。
アンナなどがいい例だろう。彼女にとって俺は常に『子供』だった。
あとアンナの見た目を見れば一目瞭然だ……あんなに頭身数の高い中等部生徒なんかどこ見回してもいないだろう。高等部は骨格からして大人なのだ。俺たちみたいなへちゃむくれの誘いに乗るはずがない。
俺はマーティンを哀れみ、ちょっと優越感を覚え、しかし彼の健闘をたたえた。
その日は一日中マーティンの機嫌ばかりとっていた気がする――もちろんカリナやミリムをないがしろにしたわけではないが、プール遊びの日に俺の心の中心にいたのは、間違いなくマーティンだった。
「レックス、お前はいいやつだよ。やっぱ、男友達はいいよな……」
そうだ。俺たちには女の子のことなんかわからない。
俺たちはまだ子供で……女の子と遊ぶよりも、男と遊ぶほうが、心地がいい。
ただなんとなく……彼女とかいたら、仲いいやつに自慢できるかな、とか。そういう程度に考えているだけだ。
その考えはいかにも子供で、そして女性に対しても失礼なものだろうと思う。
でも……自慢したいよな。なんでもないフリして、『俺、彼女いるけど』って同級生ににおわせたいよな……ズバッと言うんじゃなくてさ、さりげなく、『ひょっとして彼女いる?』『あ、わかっちゃった?』ってやりたいんだよな……
「わかる」
俺たちは水着姿で抱き合った。
半裸で抱き合う中等部男子が珍しかったのか、周囲がちょっとどよめき、ミリムにしっぽでたたかれ、カリナがなにかに目覚めたような顔をしていた。
俺たちの姿を見てカリナがなにに目覚めたのかわからない。でも、カリナは言ってくれた。「男同士……そういうのも、いいね」。
彼女はやはり俺の味方だった。マーティンもまた、俺の味方だった。
カリナとミリムを連れている俺を見て、まずマーティンが『口汚くののしる』という行動に出たせいでその日のプール遊びがご破算になりかけた朝のことをすっかり忘れ、俺たちは夕暮れまでプールを楽しんだ。
帰り道、カリナを駅まで送った時、彼女は言った。
「レックス、ボクは今日の感動を忘れないよ。男同士の友情……目の前で見たその衝撃を忘れない」
俺たちの姿が人に感動を与えるのは少々予想外だったが、それでも、カリナがなにかに心動かされたなら、それはすてきなことのように思えた。
だからきっと、今日はいい日だったのだろうし――
今生の俺は、前世までより、ちょっとだけ幸せなのかもしれないと、そう思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます