25話 彼女は勉強ができない

 成績で人の価値をはかれるか?


 俺は『はかれない』と考えている――だってそうだろう。成績なんていうのは、この世界のシステムの外側に立つ支配者気取りの大人たちが、これから進出していく者たちを選別するために作り上げた概念にしかすぎない。

 本当の頭のよさは、成績とは別なところにある。


 俺は通知表の評価で人を差別したりはしない。

 俺が馬鹿だと思う者は、熱意のない者であったり、短慮な者であったり、あるいは他者を馬鹿にしたいがために馬鹿にするような者であったりする。


 カリナはそのどれでもない。

 真摯に『敵』と戦い続けた戦士だ。


 だけれど俺は思うのだ……

 カリナは馬鹿だ。


「レックス、君を見込んで頼みがある。ボクに勉強を教えてくれ」


 この時、俺は中等科の二年生で、カリナは三年生だった。

 そしてこの世界では、年齢が進むごとにより高度な教育を受けるようなシステムになっている――二年生は一年生で習ったことを前提にしたカリキュラムを受けるし、三年生だって二年生で習ったことを下敷きにしたカリキュラムを受ける。


 つまり二年生の俺に勉強を教わる意味なんかないはずなのだが……

 しかしカリナはフッと笑って言った。


「レックス、君はテストのたびに成績上位者として名前を張り出されるぐらいだからわからないかもしれない。しかし……世の中には君の想像さえ超えた者がいる。たとえば目の前にね」


 カリナの成績表には、5段階評価で1が大量に並んでいた。

 裁縫は得意なんだよ、とカリナは家庭科のところにある『4』をしきりにアピールしたが、お前魔法科でも1ってなんだよ。

 神を召喚する術式とか一緒にやったじゃん。

 古い文書をひもといて(古代語)(社会科)、術式を予想して(魔法科)、陣を描いて(美術)、召喚の文言を現代語にして(国語)、必要な道具を作製した(魔導機械科)じゃん。

 しかしそうだ、古い文書をひもといて召喚陣とか参考にしたものの、まともな部分は全部俺が描いて、カリナは謎の装飾を二、三点付け加えただけのような気がした……

 あと古文書の翻訳も俺だし、術式の予想も俺だったし、陣を描いたのも俺なら、道具の作製もカリナはもっぱら雑談とコーヒー用意要員だった……


 結論、カリナは勉強ができない。


 俺は……どうしようか迷った。

 二年生の分際で外部受験をひかえた三年生に勉強を教えるとか責任が重すぎる。

 カリナには悪いがそんな責任は負えない……俺は責任を負うことを極度におそれていた。『責任』とは『負債』だ。人生という道を歩む俺の背にのしかかる、目に見えない重しなのである。

『天寿をまっとうする』という目的をかかげる俺には、少ないほうがいいに決まっている。


 だが……だが、俺はカリナを見捨てられなかった。


 目を閉じれば一年間、彼女と過ごした思い出がよみがえる。

 中等科に進んでからというもの、退屈で色の抜けた俺のモノクロ人生に色をつけてくれたのが、カリナだった。同志と出会えた。ともに努力できる同志と……それだけで俺の心はずいぶんと救われていたのだ。


 あとカリナは身体的接触にあんまり頓着しないほうで、古文書とか一緒に見ると肩がくっついてドキドキしたし、夏とかブラウスから下着が透けてたりして、俺は本当にもう目のやり場に困りつつチラチラ見た。

 同志を相手にこんなこと意識するというのはいかがかと思うのだけれど、俺は十三歳……精神は肉体に引きずられるもので、なんていうかまあその、思春期だった。

 相手が女子だと一度の会話で好感度が十ぐらい上がり、一回の接触で好感度が百ぐらい上がり、今は『ひょっとしたらカリナは俺のこと好きなんじゃないか』と思い始めてるところだ。


 下心はないが……

 下心は本当にないんだが……

 マジで下心はみじんもないが……


 俺はカリナに勉強を教えることにした。


 幸いにも教師の父のおかげで三年次でおこなうカリキュラムまではわかっている。

 努力の成果だ。今は成績がいいものの、いつこの奇跡みたいな能力がガクンと落ちるかわからない。その時に備えて成績を落とさないよう手を打つ意味でわりと先まで予習しているのだ。

 俺の油断しない性格のおかげで、こうして三年生に勉強を教えるという異常事態にも対応できる。

 百万回の転生という自慢にもならない経歴のおかげで芽生えた油断しない心が、こうしてカリナとの勉強タイムにつながるのだから、世の中なにが起こるかわからない。


 受験まであと約十ヶ月……

 俺たちの勉強は、まだ始まったばかりだ。

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