24話 立ちはだかるもの

 俺たちは間違った世界に叛逆はんぎゃくする戦士だ。


 カリナというのは俺より一学年上の十四歳で、最近〝使命〟に気づいたらしい。

〝使命〟に気づいてからというもの、カリナはそれまでの交友関係がわずらわしくなり、俺のように屋上で遠景をながめることが増えたのだとか。


 わかる。


 世界の表層はくだらない嘘に覆われていて、一枚めくったところでうごめく不気味な〝ナニカ〟に誰も気づこうとさえしない。

 連中の頭の中では世の中は見えているまま、単純なままであり、誰も〝真実〟に目を向けようとしない。向ける必要性にさえ、気づかない。


 あまり言いたくないが、同級生たちは馬鹿なのだ。


 勉強、運動、そして恋愛。……それはまあ、きらびやかだし、楽しいんだろうさ。

 努力して、成果が出て。苦労して、成就して。がんばって、ほめられて。労力に見合う評価がもらえるというのは気持ちがいい。いや、評価されなくとも、ダメならダメという結果がすぐに見えるのは、ありがたいし、快感でもあるだろう。


 けれど、世界の〝真実〟はそんなに単純なものではない。


 俺の戦いは簡単に結果がわかるようなものではない。

 俺の戦っている『敵』はもっとあやふやであいまいで、そいつらへの対抗は失敗したように見えて成功だったり、あるいは成功したように思わされて失敗していたりする。

 そもそもどの時点でのなにが『失敗』で『成功』なのか、それさえわからない。


「ボクらが戦っている相手は、あやふやで強大だ。世間はボクらの戦いなど理解しない。けれど……ボクらだけは知っている。『敵』が今この瞬間も、ボクらを、世界を狙っていることを」


 わかりみが深すぎる。


 俺は昼休みになるたびカリナと話しこむようになった。

 同級生は〝真実〟に目を向けようともしない愚か者ばかりだ。

 アンナやミリムだって、俺の悩みはわからない。

 だがカリナだけは、俺と同じ悩みを抱き、俺と同じ戦いをしているのだ。


 俺たちはたびたび集まって『敵』との戦いについて論じた。

 そこでは様々な対抗策があげられる。

 対抗策の内容は『神話の悪魔を呼び出す』とかに代表される、『強大な力を宿した、しかしこの世界ではいないとされている者の力を借りる』方向が主だった。


 これは世間では一笑に付されるものであり、もしも世の連中に『悪魔』だの『神』だのの実在を語れば、『いるわけねーじゃん』と小馬鹿にされるだろう。

 だが俺は百万回転生した十三歳だ。

 世界にはびこるマジョリティどもが信じてさえいなかった脅威と出遭ったことだって幾度もあるし、この世界にもまた、そういった者がいると言われてもおどろきもしない。


 俺たちは戦いを続けた。


 カリナがそばにいない時は戦っていないフリをし、世間の連中にまぎれて同じことをする。

 けれどカリナと会えば『敵』への対策をおおいに論じ、なん度か実際に『神』を呼び出す儀式めいたこともおこなった。


 そのどれもが成功はしなかったけれど、一つ一つ『できないこと』をつぶしていくのは、この世界で生まれて初めて、有意義に『敵』と戦えている実感を得られるものだった。


「ボクたちは〝前世〟での〝因縁〟がある」


 カリナはたびたびこう言った。

 どの前世でのどんな因縁か、俺にはわからない。百万回も生きたのだ。かかわった者の数はあまりにも膨大だったし、カリナも己の正体をあいまいにしか語らなかった。


 ただ、カリナの口ぶりだとどうにも彼女は俺の導き手として過ごしたことがあるようだった。

 俺を導く相手……すなわち敵だ。師匠ポジションのやつにはいつも裏切られてきた。

 俺を庇護するために俺を庇護していた者などいない。庇護には必ず理由があった。それも、俺の生命や人生をないがしろにするような、おぞましい理由が。


「ボクは君に〝償い〟をしなければならない。……そう、〝あの時〟の償いを」


 どの時だろう……

 思い当たることが多すぎて特定は困難だ。カリナが時おりにおわせる『カリナの前世』も、その時々によって老人だったり子供だったり、令嬢だったり貧民だったり、はたまた生命でさえなかったり、概念だったりした。


 きっとわざと俺を幻惑するように情報を流しているのだろう。

 そんな彼女から『前世での正体』を聞き出すことは困難に思われた。

 それに、どうでもよかった。過去にあった確執などにこだわって、現世でせっかく得られた〝同志〟を失うほど俺は愚かではない。


 そうして中等科の一年は過ぎていき、カリナが三年生、俺が二年生に進むころ、いよいよ俺たちの前に〝敵〟がその魔手を伸ばしてきた。


「レックス……ボクはもう戦えない」


 なぜだ、と俺はたずねた。

 カリナはいつもつけていた眼帯――〝魔眼〟の〝封印〟のためのもの――を外し、肘から先に巻いていた包帯を解きながら、言う。


「ボクには……高校受験があるんだ……」


 俺たちの前に〝現実〟が立ちはだかる。

 カリナは――外部進学組だった。

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