23話 二人は思春期

 薄桃色の花をつける街路樹のある通りを抜けていくと、なだらかな上り坂が見えてくる。

 中等科校舎はその先にあって、このなだらかでしかし長い坂は、遅刻ギリギリで駆けていく生徒たちの体力を容赦なく奪う。

 おまけに一時間目が社会科ともくれば、担当教師の眠気を誘う声もあいまって、学習用机は枕と化し、硬いだけの椅子はベッドと化す。


 クラスメイトの顔ぶれは初等科からさしたる変化がなかった。

 外部入学組も少なく、そこにシーラがいないことを除いて、初等科六年生のクラスがそのまま進んだような感じだった。


 中等科一年生となった俺は窓際で外を見ることがクセになっていた。


 ここまで十二年間生きてきて、俺はもうだいぶ『ひょっとしたらこの世界に敵はいないんじゃないか?』と思い始めていた。

 今までは『確実にいる』と思っていたのに、今では半信半疑ぐらいの割合だ。


 そう、俺は人生に飽いていた。

 中等科。算数が数学になり、社会科が複数種類に分かれ、国語には古代言語の科目が増えた。体育は男女別になり、クラスの男子のあいだでは『拾ったエロ画像』のトレードが流行している。

 だが俺は活力に満ちる同級生たちを見て、ほほえむだけだ。……ああ、くだらない。生きる意味とは。人生とは。人はなぜ生きるのだろう?

 わからない。わからない。モチベーションがわかない。人生とは『死』にいたるまでのモラトリアムを退屈に気づかないよう過ごすだけの無為なものではないのか?


 次第に俺は誰ともかかわらず、昼休みなどは屋上でぼうっと遠景をながめるだけになっていった。

 手をついた飛び降り防止用フェンスはところどころ塗装がハゲて茶色い中身を露出させている。綺麗な緑色の塗装の中身は錆まみれで醜くて、それはどこか人というものと同じに思えた。


 この倦怠感の正体にはなんとなく気づいている。

 俺は知りたいんだ。この人生が無為なものではないんだと。この人生に、俺の戦いには意味があって、それは誰かに認められ、ねぎらわれるものだという保証がほしいんだ。


 でも、俺の悩みは誰にも話せない。

 異世界転生。正体のわからない――『いる』と保証さえできない『敵』との戦い。

 ……そうだ、このむなしさは、理解者不在が原因だった。


 十三歳になる年、俺の心に『独り』という事実が重苦しくのしかかってくる。


 アンナ先輩は生徒会でいそがしく、最近は話すこともできていない。

 ミリムもうちに来る頻度は減っている。会えば親しくするし、携帯端末で連絡をとりあうことも多いのだけれど、俺の心にわだかまる悩みを打ち明ける相手ではない。


 シーラ。いなくなった彼女のことを思い出す。

 思えば遠慮斟酌のない言い合いができた相手はあいつぐらいだった。今までは意識さえしていなかったのに、急に彼女と過ごした時間が尊いもののように思えてきた。


 でも、さすがに――言えないよな。

 俺に〝前世〟があるってことなんて、さ。


 誰もいない屋上だった。だから俺はたしかに声に出してつぶやいた。もし誰かに聞かれてもそれはそれでいいかという捨て鉢な気持ちがあったことも否定しない。


「前世?」


 だからその声を誰かに聞かれたのだとわかった時も、あきらめたような、どうでもいいような、あいまいな笑みを浮かべて声のほうを振り返るだけだった。


 そこにいたのは眼帯で左目をかくし、肘から上に包帯をグルグルに巻いて、首輪をした女だった。

『なんかヤバい』と見た目でわからせるそいつは、片手で眼帯をおさえるようなポーズをとりつつ言う。


「あなたにも〝前世〟があるのね。――血塗られた前世が」


 ……五月の風は強く吹き付け、がしゃんがしゃんとフェンスを揺らす。


 それが俺とカリナとの出会い――

〝前世〟からの〝因縁〟が結んだ、〝呪われし〟〝運命〟の始まりだった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る