21話 大人の世界

 学んで遊んで運動していると時間がまたたくまに過ぎていく。

 初等科一年生期間はすぎ、相変わらずシーラと張り合ったりマーティンと殴り合ったりしているあいだに、いつのまにか二年生になり、その二年生も過ぎていった。


 クラス替えがあってもまだくっついてくるシーラと互いに憎まれ口をたたきあったりしつつ三年生期間を過ごし、いよいよ初等科課程も折り返しを超え、四年生になり、クラス替えでまだシーラがついてきて、五年生になることを控えた春休み、ある大事件が起こった。


「レックスくん、私、中等科課程に入ったらいそがしくなるから、もう遊びにこれないかも」


 アンナだ。

 今ではアンナはもうすっかり大人の女だった。背もぐんと伸びたし、おっぱいも出ている。金髪碧眼の美女……まあうちのママのほうが綺麗なんだけれど、たぶん大多数のママよりはずっとずっと綺麗だ。


 俺たちの交友はまだ続いていた。ぐっと頻度は減ったけれど、アンナとミリムはあいかわらず定期的に俺の家に来る。俺は来た彼女らに最高のもてなしを心がけた……ゲームで遊び、動画を見た。買いためた大事なお菓子さえ分け与えた。


 けれど綺麗になった彼女から告げられたのはつらい別れの言葉だった。

 俺はしばらく呆然としてしまう……そうだ、中等科。アンナは大人で綺麗で、俺はまだまだ子供だった。変身ヒーローの番組を見るのをやめて、ブラックのコーヒーをちょびっとだけ飲めるようにはなったけれど、まだまだ、アンナから見れば子供なのだ。


 子供には子供の世界があるように――

 大人にも、大人の世界があるんだ。


 アンナは中等科に進み、大人の世界に行く。

 そこでの戦いはつらいものとなるだろう――この世界は順当に大人のほうが子供より強いので、大人となったアンナはよりいっそう洗脳教育を受けるはずだ。もはや自我の維持が困難なほどの、すさまじい教育が予想される。


 思えばアンナは昔から、自分が洗脳されていることに気づいているフシがあった。

 だからきっと、この別れもそういうことだ。いっそう洗脳されている自分が、俺に近づいてよからぬ影響を振りまくのを嫌った……そういうことだろう。


 アンナ。離ればなれになってもきっと、俺は彼女のことを忘れない。今までだって、一度も忘れたことがなかった。

 アンナ……目を閉じてその名を心の中でつぶやけば、きらびやかに浮き上がるのは、楽しく美しい思い出たち。


 俺は悲しかった。でも、こらえた。笑って大人になる彼女を見送ろうとしたのだ。

 けれどそばで遊んでいたミリムが悲しそうな動作をした……表情は相変わらず無表情のままなのだけれど、彼女はモフモフした黒いしっぽを足のあいだにはさみこんでいた。これは不安や恐怖を抱いている時のしっぽだ。


 そうだ。俺たちはいつも三人の時間を過ごしてきた。

 アンナと俺。ミリムと俺。それは俺を挟んだ関係性ではあったけれど、一緒に過ごすうちに、アンナとミリムのあいだにも、俺を経由しない関係性ができあがっていたのだ。


 ミリムはアンナに抱きついた。

 アンナもミリムを抱きしめた。


 俺は……俺も抱きついて団子になりたかったけれど、なんか二人の世界ができあがっていたし、アンナのおっぱいが気になってしまって、最近は無邪気にアンナに抱きついたりできないので、二人をそっとながめた。


「長いお休みとか、勉強を教えに来るから」


 最終的にそういう話で落ち着いた。

 抱きしめ合うアンナとミリムの横で、俺は、『俺もどさくさにまぎれて抱きつけばよかった』と思っていた……

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