19話 大人の余裕

 初等科校舎は海のそばにあって、土のしかれたグラウンドでは風が吹くたび潮の香りがした。


 エスカレーター式の悪いところではあるが、やはりクラスメイトの顔に代わり映えがないのは退屈に感じる。

 幼稚舎に比べれば多少は外部入学組も増えてきたようだが、やはり大多数はエスカレーター組であり、それら顔なじみどもを前に自己紹介をするというのは、妙な照れくささがあった。


 俺の初等科での目標は『目立たないこと』だ。

 注目を浴びるのはまずい。クラスメイトに注目されるような人材ならば、当然ながら『敵』にも注目されるだろう。


『敵』……いまだ輪郭さえつかめない、この世界に必ずあるはずの脅威。

 俺が転生してきた世界には必ず『敵』がいた。それは人物であったり、社会制度であったり、現象であったり、あるいは俺のことを『敵』と呼ぶ大多数であったりした。


 敵のいない世界はなく、敵は必ず、どこかのタイミングで俺の生命をおびやかすだろう。

 百万回そうであったのだから、今回だけ違うだなんて、そんなことがあるはずがない。


 そして百万回の人生で学んだのは、『敵と対峙した時点で失敗だ』ということである。

 もちろん俺は勝利を求める――しかし、勝利とは『敵と対峙し、勝つ』というものではない。俺にとっての勝利は『天寿をまっとうする』ことだ。


 そのために最善なのは『戦わない』ことだ。

 注目されない。気づかれない。影のような一生を送る――それこそが俺の望むライフスタイルなのである。


 ところが初等科課程において、俺は注目を集めることになってしまった。


 これが全然不慣れで困惑するばかりなのだけれど、俺はどうやら、『できる』ことにより人からまなざしを集めているようなのだった。

『できる』。すなわち勉強が、あるいは運動が、もしくはその他のことが。言い換えてしまえば『優れている』となるわけだが、これが全然まったくどうしてそうなったかわからないのだ。

 だってそうだろう、俺の人生は不遇がスタンダードだった。必要な能力が平均未満でなかったことはない。努力に成果がともなったこともなく、また、そもそも努力のしかたさえわからないということも少なくなかった。


 だからこそ『全力でいどめば平均より少し下ぐらいに位置できるだろう』と思って入学後最初のテストにいどんだところ、満点で学年一位をとってしまったのだ。


 これはまずいと思い、なにか失敗をしようとする。

 できれば次のテストで悪い点をとって『一回目はまぐれだったんだな』と思われたいところだが、次のテストはまだ来ない。

 だから俺はあらゆるところで失敗をしようとした。運動で、あるいは素行で。失敗をしようとする。失敗することが正しいのだとわかっているから、そのようにしようとする。

 けれど俺が失敗するたび、クラスメイトのシーラが言うのだ。


「レックスに勝ったー!」


 勝ったー! じゃねーよ!

 俺はわざと失敗してんだよ!


 いやしかしこらえるべきだ。そうだろう、俺はトップをとりたいわけじゃない。目立たず長生きすることが目的なのだ。

 シーラね。ふん、たかが六歳児だ。勝利? いいでしょう、くれてやりますとも。そんなの惜しくもなんともねーや。ふん。大人には大人の余裕があるんだ。百万回転生した俺の精神年齢をなめるなよ。


「レックスもたいしたことないね!」


 なんだとこのやろー!

 六歳児の分際でぼくをばかにするなよ!

 五歳だってやればできるんだぞ!!!!!


 俺は本気を出した。

 次のテストも学年一位だった。

 やったぜ。

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