15話 契約 ―テスタメント―
ところでアンナについてなのだが、彼女はどうにも大きな勘違いをしていたようだ。
幼稚舎課程は四歳から六歳までの幼児にほどこされる。
すなわち四歳で入舎し、入舎した年に五歳となり、五歳で上のクラス(年長)にあがり、その年に六歳になり、卒舎する。
俺とアンナは厳密に言うと一年と半分ほどの年齢差があり……
……くっ、頭が混乱してきた!
四歳の脳ではあまり複雑なことを考えられない――そう、特に数字になるとこんがらがりやすい。今も指を使っていっしょうけんめいに計算しているのだが、これだけ複雑に足し算引き算みたいなことをやると、さすがに頭が熱くなってくる。
アンナもおそらく俺と同じような状態におちいっていたのだろう。
すなわち、俺が幼稚舎に入舎するころには、アンナは初等科に進んでいたのだ。
アンナはなぜか俺と同じ幼稚舎で学べると思っていたようだが、俺が幼稚舎に来た時、アンナはその香りだけを残して初等科に進んでいたのである。
なのでアンナは機嫌が悪い。
……なんで?
わけがわからなかった。
アンナは俺と幼稚舎でいっしょになれると思っていた。しかし彼女の計算はズレていて、俺が入舎するころアンナは初等科課程に進んでいた。だから俺に対してキレている。ええ……なんで……?
なん度情報を整理してもさっぱりわけがわからない。
たまにうちに来て「アンナ、おこってるからね!」と言いつつ一緒に遊ぶのだが、そんなの俺に怒られても困る。
しかし俺は百万回転生した五歳児だ。
こういう理不尽にはなれている――むしろ理不尽でない応対をされるほうが珍しいぐらいでさえある。
今までの人生、俺に理不尽な不満をぶつけてくる連中とは常に敵対かそれに近い関係性にあった。その理不尽を理不尽だと相手に気づかせる機会がなかったのである。
しかしアンナとは比較的会話しやすい関係性だ――であれば、今まではできなかった『誤解を解いて仲間にする』という選択肢をとれるかもしれない。
仲間にする――それはなんと甘い考えだろうと自分でも笑ってしまう。けれど、俺はその道を選びたかった。いつでも選びたかった。ただ、環境がそれを許さなかった。
けれど今は環境がそれを許す。俺に理不尽をぶつけてきているアンナは、俺が半生をともに過ごした大事な人であり、毎週一回のペースで遊びに来る相手であり、一緒のおふとんでお昼寝をするあいだがらであり……本当に怒ってる? 俺たち仲良くしてない?
だが、幼児にロジックは通じない。
その週の末、俺は家に遊び来たアンナと和解をはかった。
俺はうったえる――あなたの怒りはまったくもって理不尽なものであり、それをぶつけられた当方は対応に困るばかりである。しかし当方としてはあなたと末永く健全な関係を続けていきたいと考えておりますので、どうかご自身のおっしゃられていることが理にかなってないとご理解いただき、その怒りをおさめていただきたい。
これを五歳なりに言うと「けっこんしよ」になる。
「うん。けっこんする」
アンナと俺はこうしてちぎりを交わした。
なんか横にいるミリムにしっぽでペシペシされた。
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