16話 ひねくれた芸術

 俺はスライムを飼いたいんだ。


 ペット。それは余裕のある者のみに許された相棒パートナーだ。

 余裕というのはもちろん経済もそうだが、心の余裕もあり、さらには生活も時間に追われていないという余裕が必要になる。


 なにせペットというのは癒やしなのである――癒やしというのは上流の者にのみ許された娯楽だ。癒やし。それは俺が幾度渇望しても一度だって得られなかった、恵まれぬ、本当に癒やしが必要な者にこそとどけられない、甘美なる宝石なのである。


 そうしてふと今回の人生に目を向ければ、余裕があるとは言いがたい。


 幼稚舎に通う。おおいに通う。運動をする。勉強もする。うちはパパが教師なので教育はわりと熱心なほうだ。

 最近は料理も始めた。お菓子がおいしいので自分でも作りたいから、ママに習っているのだ。

 週末にはミリムやアンナが家に来るのでそれと遊ぶ。いや、家に来るだけではない。逆に俺が彼女らの家に行くこともある。そして遊ぶ。車のおもちゃで遊ぶ。アンナのぬいぐるみを『巨大怪獣』とか言うとひどく怒られる。だって怪獣じゃん……


 そんなわけで俺はいそがしく、ペットを世話するためのあらゆる余裕がない。


 だから俺は文化祭にスライムを模した粘土細工を提出することに決めた。


 芸術というのは渇望から生まれるものだと俺は考えている。渇望。己のもっとも欲する、けれど手に入らないものが、粘土のしかくいかたまりを見た瞬間に浮き上がって見えるのだ。

 粘土細工とは己が粘土に投影したものを浮き彫りにしていく作業である。俺には見える。スライムのかたちが……

 俺は熱心に粘土かたまりをながめ続ける。周囲ではスライム組の同級生どもがさわいでいる。粘土を投げたり粘土をザクザクとへらで刺しまくったりしている。猟奇的だ。だが俺は心乱されない。もう少しじっと見つめていれば、俺の心が求めるスライムのかたちが浮き上がってくるのだ……


 シーラが「レックスくん、寝てるの?」とか聞いてきた。寝てるんじゃない。集中して心の渇望するかたちを投影しているんだ。芸術だ。五歳児にはわからないかもしれないが、これは必要な作業なんだ。

 誰かが投げた粘土玉が俺の粘土カタマリにヒットしたのはそんな時で、俺は熱心にスライムのかたちを粘土に投影しながら、やったなーと言いつつ粘土をちぎって丸めて投げ返した。芸術だ。粘土を投げれば粘土が投げ返される。

 ふん。アホな男子どもめ。おまえたちはそうやって粘土ボールの投げ合いを楽しんでいるだけだろうが、俺は投げ合いながらも心の渇望するスライムのかたちを投影し続けている。勢いを増していく粘土キャッチボール。バカが! キャッチボールはすでにドッジボールに変わっているんだぜ! 俺は大きめの粘土を丸めて剛速球を投げた。もちろん芸術だ。


 クラスの男どもはスモックを粘土でべたべたにしながら投げ合っている。俺は同じような見た目だが芸術をしている。

 シーラととりまきの女子どもが「やめなよー! せんせいにおこられるよー!」と叫んでいる。いい子ちゃんどもめ! 用事で職員室に行ってる先生がどうやって俺たちを怒るんだ!? イタズラはなあ! 現行犯が基本なんだよ! 芸術ゥ!


 芸術をこめた俺の粘土ボールが芸術的に園児にヒットし、俺は芸術をもって芸術的に芸術した。その結果芸術が起こる。俺は唐突に理解した。そうだ、芸術とは騒乱だったのだ。このらんちき騒ぎこそすなわち芸術。

 芸術を知った。粘土細工だからといって粘土のかたちを整えようとしていた俺のなんとスケールの小さいことか! この状況こそがまさしく芸術なのだ。


「こら! 粘土を投げて遊ばないの!」


 戻ってきた先生が言う。しかし俺はほこらしげに胸を張って先生に訴えたい。この状態こそが俺の作品なんだ――だがうまく言えない。

 五歳児の語彙は多い。しかしこの芸術性を表現するにはさすがに足りなかった。その結果俺は叫んだ。芸術ゥ!


「芸術じゃありません! 女の子たちを見習って、ちゃんとしましょう。ね?」


 普通に怒られた。

 俺はうなる。

 げ、芸術……

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