14話 家畜化された人々

 運動会だ。


 幼稚舎はだいたい三十人ごとに組分けがなされており、俺はその中で『スライム組』となっている。

 スライムというのはペットとして一般的な生き物であり、朝の魔導映像板テレビジョン番組でも特集が組まれ、『あなたのお宅のカワイいスラちゃん訪問』というコーナーがやっているぐらいだ。


 くだらないニュースのあいまに差し挟まれるそのコーナーは、いそがしく気分がくさくさしがちな朝に貴重な一服の清涼剤となっており、主にママが食い入るように見ている。

 俺も自分のスライムがほしいものだと思うのだけれど、世話をするのは意外と大変そうだし、ペットショップのウインドウにへばりついて見てみたところ、四歳児には想像もできない値段がするので、ほしいけどさすがに無理な感じだ。あのプヨプヨに上からのしかかったり抱きしめたりしたい……


 そういうわけで組対抗の運動会だ。


 ほかには『アンブロシア組』とか『ホウキ組』とかがあって、『生き物か植物か道具か、どれでもいいからクラス名のジャンルを統一しろ』と俺などは思うのだが、この世界で未だしっぽさえつかませない『敵』の意図があるに違いないので、今後精査していきたい。


 だが今は目の前の運動会だ。

 目の前っていうかただいま運動会のさなかだ。

 ナウ。


 スライムの名を冠する我らに敗北は許されない。

 スライムはすごいんだ。アブンロ……あんぶろ……あんぶろち……アンなんとかとかいうわけのわからない名前のクラスに負けるわけにはいかない。

 スライム組の敗北はすなわち世界に生息するスライムの敗北だ。

 俺たちは背負っているものの重さが違う。

 あんな焼き菓子によく使われる果物なんだか野菜なんだかよくわからない赤い果実の名前を冠したクラスに負けるわけにはいかない。そう、いかなる手段を用いても勝たねばならない……


 俺たちはおおいに駆けた。おおいに玉を転がし、時に入れた。

 こっちには四月生まれのシーラがいる。四月生まれはすごい。体が大きい。当然、足も速い。ボールのコントロールもうまい。俺たちはシーラを筆頭に順調に点数を重ねていった。


 運動会は余興ではあるが遊びではない。

 俺たちは真剣に勝負をした。綱引きでも手を抜かない。リレーでも当然手を抜かない。

 父兄対抗借り物競走では声を張り上げて応援した。応援は途中で叫ぶことがメインになり、もはや自分がなにをしているのかさえ忘れるほど熱中した。運動オンチでインテリのパパが足を引っ張って父兄対抗は負けた。ふざけるな。


 やはりパパは『敵』の手先なのかもしれない。

 俺は勝利を渇望している。だからこそ、『敵』は俺から勝利を奪っていくのだろう。どの世界でもそうだった。欲したものほど手に入らない。あとでパパにも精査が必要だ。おまえの書棚にエロ本がかくしてあることを俺は知っているぞ……


 そうしてスライム組とアン以下略組はデッドヒートを繰り返した。

 ややスライム組が優勢だが、俺は油断などしない。ホウキ組とかいう雑魚はともかくとして、アンブロシア組にはちらほら四月、五月生まれの姿が見えるのだ。

 生まれの早さは力になる。特に俺たち幼児は成長が早い。半年も生まれが違えば、それはまったく別種の生物と言っていい。


 デッドヒートは白熱に白熱し、ついに勝負はラスト種目『クラス対抗仮装リレー』まで持ち越された。

 この仮装リレーの勝者が運動会の勝者となる――ここで俺の百万回にもおよぶ転生経験が活きた。ほかの幼児どもが思い思い好きなキャラとかの仮装をする中、俺は『運動をする園児』の仮装をしたのだ。すなわち『動きやすい格好』を仮装に選んだわけである。


 そうして俺の知略により運動会の優勝はスライム組となった。

 幼児にもわかるほどの点差だ。俺たちはすでに四歳。――そう、数字が読めるのだ。


 けれど、最後のしめくくりに、園長先生が言う。


「みんながんばりましたね。優勝は、みんなです」


 ……はあ?

 俺はキレた。しかし園児が一人キレてわめき散らしても『園長』という巨大権力に抵抗はできない。キレるならみんなでキレるのだ。

 俺はキョロキョロと納得できなさそうな顔をした園児を探す。これだけ熾烈な争いをさせておいて『優勝はみんなです』なんて通るはずがない――そう思っていたのだけれど、俺の目に映ったのはおそろしい光景だった。


 笑顔。

 笑顔笑顔笑顔。


 みんな競技が完了した達成感で満ちあふれた顔をしていた。

 三位のクセに優勝扱いされたホウキ組のクズどもが笑顔なのはまあわかるが、あれだけ僅差で争ったアン組も笑顔だし、我らスライム組の年少はおろか年長さえも笑顔だった。


 意味がわからない。俺はふらついた。熱中症かもしれない。今日は日差しがやけに厳しい……五月の空は高く、青い。

 いや、違う。熱中症ではない。気づいてしまったんだ。


 洗脳されている。


 闘争心というものが奪われているのを理解した。争いの果てに勝利をつかんだというのに、その勝利をかっさらわれてなんとも思っていない顔をしている。

 俺はギリィと奥歯をかみしめた。一人でキレるか? いや、やめたほうがいい。俺は感情をコントロールできる四歳児だ。ジタバタと地面を強く踏んで怒りを発散する。うぎぎぎぎ……感情をコントロール……うおおおおおお!


「れ、レックス、どうしたの?」


 近場で見ていたママがひそひそ叫びをする。

 俺はハッとした。そうだ、父兄! この結末に園児はおろか父兄さえも声をあららげない……これはあきらかな異常。すなわち洗脳だ。


 俺は怒りにまかせて叫びたかった。しかしさっきやったので多少の落ち着きがあった。

 そうだ、冷静になれ……俺は自分のふとももをつねって自分をいましめる。すごい痛い。ほんと痛い。痛いよう……だが冷静になれた。


 そう、俺はピンチをチャンスに変える四歳児。

 逆境から情報を得ることもできる。


 ここまで不自然な状況ならば『敵』の意図が容易に読める。

 この世界で未だに息をひそめ影さえ踏ませない『敵』は、なんらかの目的をもって、人々の『闘争心』を奪おうとしているのだ……!


 ようやく敵の末端に触れられたのだ。喜ぼう。

 この敗北はたしかにくやしい。だが、敵が闘争心をおそれていることがわかったならば、俺は闘争心を抱き続ければいい……俺は学習できる四歳児だ。字だってクラスの誰よりもきれいに書けるし、かけっこだってリレー代表になるぐらい早い。いもむし競走では先頭だ。


 こうして俺は苦い敗北とともに、一歩だけ『敵』の正体に近づくことができた。

 勝利はかっさらわれたけれど、俺は忘れない。

 101対99で、スライム組は、たしかに勝っていた。

 勝っていたんだ……

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