11話 祖なる母

 祖父母が来たぜ。


 俺は基本的に他者に対しては警戒してあたっているが、特に祖父母に対しては最大限の警戒をもっている。

 なぜならば連中はこの過酷なる世界で五十年以上を生き抜いた猛者なのだ。

 ありえない。俺の百万回の人生で、それがどのような生物としての生であろうが、この世界で言うところの『五十年』という時間を生きられたことなど一度もない。


 よほどの天運、よほどの才覚、よほどの実力……それ以外にもさまざまな『この世界にある暗黙のルール』に抵触しない慎重さ、時に突きつけられるであろう選択肢に対し正解を選び続けてきた判断力……

 数え上げればキリがないほどのものを持っている。それが『老人』だ。


 老人どもは、俺が無力な三歳児のフリをして、いずれ現れるであろう『敵』に対し牙を隠し研いでいることなどお見通しかもしれないのだ。

 いや、きっと見通しているのだろう――だからこそ、老人たちは、俺に洗脳をほどこそうとする。


「レックス、おばあちゃんとおじいちゃんが来たわよー。隠れてないで出てらっしゃい」


 俺はリビング入口に半身をかくして様子をうかがっていた。

 祖父母はそんな俺をニコニコ笑いながら見ている――まるで『貴様の警戒心などお見通しだし、無意味だ』と述べているかのようだ。


「お義母かあさん、ごめんなさいね。レックスったら照れちゃって……」

「いいのよいいのよ。レックスちゃん、ほら、おばあちゃんのお膝に、いらっしゃいな!」


 さすが、老練だ。

 俺は知っている――祖母の膝が悪いことを。冷えたりすると痛むらしく、よくさすっている姿が見られるのだ。

 すなわち、祖母は膝が弱点だ。

 その弱点への攻撃を誘っている。


 これが老練でなくてなんと言うのだろう?

 弱点をさらし、弱点に誘い、そうして俺をおびき出そうとしている。

 祖母には『ある』のだ――俺に弱点を攻撃させてなお、膝の上にまねく『メリット』が!

 しかも俺には、そこまでして彼女が得る『メリット』がなんなのか、まったく想像もつかないのだ。

 裏はあるに決まっているのに、その裏が想定の外にある。……おそろしくてたまらない。俺を膝の上にのせてなんの得があるのか? そうすることで祖母はなにを得るのか? 意味がわからない。狂気さえ感じる。


 しかもだ!

『膝に乗る』『膝枕』という言葉がこの世界にはあって、それは慣用的に用いられるのだけれど……


 そういう場合の『膝』とは、『ふともも』を指すのだ!


 膝が悪い祖母が膝に招く――これは弱点をさらし、差し出す行為だ。そう、少し聞いただけではそう思う。けれど実際のところ、祖母は膝などさらしていない。俺に自由にさせるのは、『膝』と慣用的に呼んでも違和感のない、『ふともも』なのだ!


 つまり彼女はなにも失わない。

 それでいて、俺をそばに招くことで、まったく正体不明な『メリット』を得ようとしている。

 なんという老獪さだろう! 身震いがする。あんな無害そうなニコニコ笑顔を浮かべておいて、その言動はすみからすみまで計算に満ちている。

『なにも失わず、なにかを得る』ということを、祖母はああも息を吐くように簡単にやってのけるのだ。


 しかもママが「ほら、レックス」と俺をせかしてくる。

 これでは『黙って立ち去る』という選択も封じられたが同然だ。俺は祖母の膝に向かうしかない……『膝』と呼ばれる『ふともも』に!


 対抗手段は……ない。

 俺はほぞをかんだ。せめてもの抵抗に、すりあしでじっくりと祖母のもとまで向かう。

 そして慎重な動作で祖母のふとももに乗る。


「まあまあ、どんどん大きくなるわねえ、レックスちゃん」


 祖母は俺の頭をなでさすった。

 その後も祖母はなにかと俺に触れ、俺をかまい、俺にお菓子やおこづかいをあたえまくった……


 俺は恐怖におののき続ける……

 わからない……俺をそうまで厚遇して、彼女になんのメリットがあるんだ……

 おばあちゃんすき。

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