10話 保育士への反逆

 さらに時が経ち、先輩たちが保育所を卒業していく。

 今回は俺が泣かなかったので卒保育所式はさほどの混沌につつまれず、みんな笑顔で卒保育所していった。

 彼ら彼女らを待ついっそう厳しい洗脳教育を思えばそんな気楽に笑ってもいられないのだけれど、俺には誰かを救えるほどの力がない。自分が天寿をまっとうするだけで精一杯なのだ。洗脳される彼ら彼女らの未来に幸福がおとずれますようにと願うだけだった。


 しかし俺もすでに三歳。

 あと一年もすれば幼稚舎に進む。


 ミリムとの別れはすぐそこまで近づいているのだ。保育所を卒業してしまえば、もう、ミリムとはプライベートでしか会えない。よく遊びに来るから。

 俺は耐えられるだろうか、その別離に……


 さて、三歳になった(今年いっぱいで卒保育所をひかえた)俺は通例であれば一歳以下の新入生の世話をまかされることになる。

 しかし一年早くミリムの世話をしてた俺はマンツーマンが免除され、代わりに二歳児全体の監視を任されることとなった。


 どうやら保育士たちに『レックスは従順な手駒である』と思わせることに成功したようだ。

 このまま従順なフリを続け、いずれこの残酷なはずの世界に反旗をひるがえす時、せいぜいびっくりさせてやろう……


 だが、その前に、保育士たちのびっくり耐性を調べておく必要がある。

 俺は二歳児を集めて、とある作戦をおこなうことにした。


 今の俺は保育士どもから二歳児たちの監視および管理をまかされる立場である。二歳児どもは保育士に従うかのように俺に従う。

 まして俺はもう三歳のお兄さんだ。三歳の言うことは絶対だ。一度に話せる言葉の数が二歳とはまったく違う。俺の語彙でまくしたてれば、二歳児どもはうなずく以外にできない。


 俺は二歳どもを使って『準備』を始めた。


 その日から大量の色紙を用意し、保育士たちに隠れるように準備を始めた。

 危険な作業をともなう準備だ――なにせ『ハサミ』を使う。

 ハサミは……刃物だ。

 安全性に配慮された手が切れないはさみとは言え、一歩間違えば……いや、三歩か四歩か五歩ぐらい間違って、なんらかの悪い奇跡が起これば、命を失いかねない。ハサミ使用中にいきなり隕石降ってくるとかな。


 もちろん保育士たちは俺たちを監視しているが、二十三人のクラスをたった二人で見ているのだから、二歳児どもを使えばスキを作ることは可能だった。

 俺たちは隠れに隠れて『準備』をちゃくちゃくと進めていった……焦りもある。この作戦にはタイミングが重要で、そこに間に合わなければ、『びっくり効果』は半減以下になるだろう。


 そうして……ついに準備を終え、その日がやってきた。


 俺たちはおひるごはんの時間を待つ。すべての保育所生たちが静かになるタイミングでことを起こさないと、これもまた効果が半減すると考えたのだ。


 なにも知らずに食事の準備をさせる保育士を見ていて、俺は笑いをこらえるのが大変だった。

 おまえたちは監視していたはずの愚かな保育所生たちに、これからまったく意外なことをされる……その時に泣くのか、叫ぶのか、絶望するのか……楽しみで仕方がない。


 俺たちは保育所生の全員が席についたタイミングで、いよいよ計画を実行に移した!


『せんせい おたんじょうび おめでとう』


 俺たちは用意していた紙製の飾りをいっせいに展開し、用意してあった折り紙をプレゼントした。

 文字を満足に書ける俺がみんなの発言をまとめた手紙をわたした時、保育所最年長の保育士は言葉も出ないように呆然としていた。


 結婚を機に今年で退職するらしいその保育士は、しばらく言葉を忘れたようにぼんやりしたあと、涙を浮かべてお礼を述べた。

 せいぜい泣きわめくがいい……


 せんせい、今までありがとう……

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