4話 新たなる土地、新たなる敵

 つかまり立ちからの数歩の歩行ができるようになったころ、俺は『保育所』という施設へあずけられることになった。

 そこには俺以外にも複数の乳児、乳幼児、幼児が収監されていて、『保育士』と呼称される看守が存在し、俺たちを常に見張っている。


 きっと保育士どもは乳幼児など監視の専門家だ。

 心なしか、俺が泣いたりした時の反応がママやパパより過敏な気がする。


 ママは俺を保育所へおいて、仕事に行ってしまった(パパも)。

 俺はまだ一歳だが、どうやらこの世界ではそのぐらいから監視者を変える仕組みになっているらしい。


 だが、これはチャンスでもある。


 保育士は二人。対して、同じ教室には乳児幼児乳幼児が合わせて二十人。

 一人につき十人を監視せねばならない体制だ――絶対にスキが生まれる。

 そのスキをついて魔法の訓練を積もう。


 そう決意していたのに……


「レックスくん、あそぼー!」


 俺を監視するのは、保育士だけではなかった!


 幼女だ!


 俺より一つか二つ年上のそいつは、二足歩行をしており、体は主観的に言えば俺の倍ぐらいあった。

 言葉もハッキリとしており、多少走っても転ばない足腰をしたそいつは、やたらと俺にかまってくるのである。


 おそらく洗脳教育が進んでいるので、保育士の指示で俺を監視しているのだ。

 見れば一歳ぐらいの乳幼児たちには全員『担当』がいるようで、それぞれ三歳ぐらいの年長者たちが、マンツーマンでついている様子が見られた。


 ばぶう。俺は苦りきってうめいた。


 この金髪幼女をどうにかして振り切りたい。だが、足は向こうのほうが速い。

 俺も二足歩行がかろうじてできるようにはなっているが、五歩も走れば転んでしまう。


 しかも金髪幼女は基本的に俺をがっしり抱きしめて放さない。

 食事時もトイレも俺につきっきりどころか、むしろ食事の世話もトイレの世話もその幼女にされてる。

 きっとこの保育所という収容施設の方針なのだろう――子供に子供の世話をさせつつ、保育士が全体をまんべんなく見て、必要とあれば行動する。うまいシステムだ。憎らしいほどに。


 俺は絶望感を発散するためにおもちゃの積み木ブロックを投げ捨てた。

 世話役幼女はすぐさま拾って、また俺の手に返してくる。サンキュー幼女。


 俺は角の削られた積み木ブロックを唇であむあむしながら考え込む。


「食べちゃダメだよ」とアンナおねえちゃん(俺を監視している幼女の名前)が言う。

 食べてない。唇でさわってるだけだ。幼女には『食べる』と『唇で触れる』の違いがわからないらしい。

 あだあ。俺はうなった。言葉は一語ぐらいしかしゃべれないので、説明をしてやることもできない。最初にしゃべった言葉はもちろん『ママ』だ。


 どうにかして幼女を出し抜かない限り、俺はまともに魔法の練習もできやしない……


 しかし『一人にしてくれ』とも言えない。

 なぜなら、俺は二つ以上の単語を連続してしゃべれないのだ。

 また、『ひとり』ぐらいは言えるが、『してくれ』が『ちてくりゅぇ』になってしまう。これでは意味が通じない。

 あぶう……まいったぜ。俺は積み木ブロックを生えてきた前歯でごしごしとこすった。アンナおねえちゃんが「だめだよ」と言いながら積み木ブロックをとりあげる。俺は泣いた。ぼくの積み木ブロックかえちて!


 俺の泣き声に反応して保育士の一人がこちらに来た。

 しまった! だが、俺はピンチをチャンスに変えることができる一歳児だ。アンナおねえちゃんを保育士に押しつけて一人の時間を確保するため、俺の世話係から更迭こうてつされてもらおう。


 俺は保育士にアンナおねえちゃんの横暴を声高に訴えた。

 びえーん! おぎゃー! ぎゃー! うわあー!


「ん? どうしたのかな?」


 満足に言葉をしゃべれないこの身がもどかしい。

 俺の熱烈なアンナ更迭要望はすべて泣き声に変換されてしまうのだ。


 しかし情熱は伝わったようで、保育士の視線がアンナに向く。

 俺もそちらへ視線を向けた。


 幼女アンナは泣きそうだった。

 ちょっとこらえたが、一秒もこらえきれずに泣いた。


 ええ……? 俺は真顔になる。おまえが泣くの? 俺の積み木ブロックとりあげておいて? 泣きたいのはこっちのほうだよ。

 なんという理不尽。やはり俺の人生は俺が不利になる補正にまみれている。


 俺もまた泣いた。


 だってどうすりゃいいんだよ。俺より二歳も年上のおねえさんが大泣きしてるんだぜ。俺だって泣きたくなるよ。

 俺とアンナは泣き続けた。


 次第に泣くのに疲れてきて、俺たちはなぜか抱きしめあい、眠った。

 すやあ。

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