3話 ベイビー、自分の可能性に気づく
「ねぇカミラ。赤ちゃんがさあ、たまにふっと真顔になるの、なんでなんだろうね?」
「そうねえ。なんでなんでしょう? あ、でもほら、真顔になるとすぐ笑うのよね。なんでなんでしょうねえ」
「なんでだろうねえ」
俺は自分の力に気づいてほくそ笑んだ。
首がすわり、寝返りがうてるようになったころ、俺は、自分の中に眠る力に気づいたのだ。
つまり――魔法だ。
この世界は剣と魔法の世界だった。
異世界というのは大別すると二種類で、だいたいが『魔法世界』か『科学世界』かに分類される。
この二つの違いはいろいろあるが、大きなものをあげると、『個人のエネルギーでまわっている世界』か『資源エネルギーでまわっている世界』かとなるだろう。
魔法世界は個人のエネルギーでまわっている世界だ。
社会の仕組みも『一人一人がエネルギーを持っている』前提で成り立っているだろう。
これのなにがいいかっていうと、魔法世界では赤子でも大人を倒せる可能性があるのだ。
科学世界だと武器を扱うにはある程度の知能や力が絶対に必要だが、魔法世界ならば『現象を起こす』という確固たる意思さえあれば、魔法を使用できる。
つまり連中が俺のご機嫌をとり、俺を丁重に扱うのは、俺の魔法を警戒してのことだったのだ。
だが――俺はそれだけで気楽に魔法をぶっ放そうとは思わない。
なぜならば、不遇こそが俺のスタンダードなのである。魔法が大事な世界ならば、それを使うためのエネルギー……魔力が、きっと人類最低値に決まっているのだ。
生きていくのに必要な能力ならば、最弱に決まっている。
それが今までの俺の人生だった。
だから、油断せずにこっそりと練習をしたい。
親の目を盗んで魔法の練習を……
そう思っていたのだが……
親は、常に赤ん坊を見ている。
異常な監視網だ。
ちょっとぐらい目をはなすとかしないのだろうか?
わからない。そこまで警戒するほどの力が赤ん坊にあるとでも? なぜそんなにジッと見てるんだ。一挙手一投足に反応するんだ。わからない。まるで理解ができない。
こいつらはなにが楽しくて赤ん坊を見ている?
……!
ひょっとして――赤ん坊は、強いのか!?
ずっと気になっていたことがあったんだ。
俺が「腹減った」と泣けばすぐにおっぱいが提供され、「おむつべしょべしょ」と泣けばすぐに下の世話をされる。
ほかにもちょっと機嫌が悪くて泣けばすぐさまあやされるし、扱いは総じて丁寧で、まるで壊れ物でもさわるように俺をさわる。
そしてなにもしていない時でも、俺に物語を読み聞かせたり、音楽を聴かせたり……
VIPだ。
赤ん坊とはVIPなのか? こんな無力で排泄しかしない存在が? そんなわけはない。だから、連中には俺をVIP扱いするだけの理由があるはずなのだ。
すなわち――弱者が強者におもねっている。
赤ん坊とは、最強だったのだ。
そういう説ならば、両親の行動すべてに説明がつく――そうでないならば、両親は好きで俺の世話をやいているとしか思えない。
ママはともかく、パパは違うだろう。
俺の知る『パパ』という存在が、『好きで赤ん坊の世話をする』ことなどありえなかった。
なぜならば、赤ん坊とは将来の敵になるかもしれない存在だからだ。早めにつぶそうとする親はいても、いつくしみはぐくもうとする親などいるわけがない。
俺はほくそ笑んだ。
だが、ふと真顔になる――そうだ、赤ん坊が最強だとすると、時間がない。俺の前までいた世界では、生まれたての幼生体は、日増しに大きくなり、成体へと近づいていくのだ。
そして成体であろうパパが俺の機嫌をとり、俺の力をおそれているのだとすれば、俺もまた、成体に近づくにつれ、今は最強のこの力を失っていく可能性がある。
だが、魔法の練習をしようにも両親の監視網はきびしく、寝ても覚めても必ず誰かがそばにいる始末。
……クソ! 考えられている!
赤ん坊が親へ反逆を企図するなどと、お見通しということか! この異常な監視網はそのために違いない。……非道。しかし狡知に長けた見事な対策と言うよりほかにない。
練習なしでいきなりやるか?
……ダメだ。俺は魔法世界も多く経験し、総計五十万ほどの魔法体系を知っている――が、大別できてもそれぞれ細かい部分では異なる魔法体系ばかりだった。この世界の魔法体系もまた、俺の知るものとは少しずつ違うだろう。
その『少しの違い』が致命的に俺を追い詰める可能性もあるのだ。
おまけに、『赤ん坊最強説』は俺がそう仮定しただけのことだ。真実かどうか、これも確かめねばならない。
問題は山積みだ。
俺はあまりに状況が厳しいので苦悩した。泣いた。
「おや、また泣いた。レックスは本当に、ころころ表情が変わるなあ……」
「赤ちゃんって、自分の泣き声にびっくりして真顔になる時あるわよねえ」
おぎゃあ!
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