第3話

 

「ここがムッシか……普通の村だわね」


 五日後、準備を終えた二人は予定通りに三日かけて件のむらまではるばるやってきた。

 村に近づくにつれ、所々で農作業をしている者の姿が見える。どことなく暗く、元気がなさそうだ。


 インセクトビートルは未だに時折思い出したように村を襲いにやってくるという。被害も増える一方だ。

 少し時間がかかってしまったが仕方がない、他の村に行くまでに退治してしまおうとデュオンとローゼは互いに決意を新たにした。


「逆に普通じゃない村って何さ、ローゼ?」


「それは……ドラゴンが歩き回ってるとか?」


「そんな村があるならみてみたいよ、はあ」


 デュオンは苦笑いをする。


 ギルドから借りた馬車はそのまま村の入り口に作られた、簡素な柵の手前で停止した。


「停まれ、何者だ!」


 柵の間の通用口には、鎧を着た兵士が二人佇んでいた。

 馬車を見るや否や、槍を片手に御者に語りかける。


「あの、く、クエストを受領した者です! 証拠ならここに」


 デュオンは幌馬車の後ろから飛び降り、クエストの概要が記された紙を見せる。


「ふむ……改めた。指名依頼か、話は聞いている。着き次第、村長宅へ案内しろとのことだ。いいか、すでに耳にしてはいるだろうが、現在この村には大変高貴な方が複数名滞在なされている。くれぐれも・・・・・、不敬な真似はよすように」


「わかってるわよ、さっさと案内してちょうだい」


 ローゼが降りてき兵士に向かってそう言う。


「なんだ、偉そうに。冒険者風情が」


「なによ、私たちがいるから世の中の安全が守られているんでしょ!」


「ふんっ、本来ならば我々王国軍がいればなんとかなる。まともに定職にもつけない野蛮な輩と一緒にしないでもらいたい」


「なんですって?」


「ろ、ローゼ、やめようよ」


 デュオンが慌ててローゼの両脇を抱え込む。金髪の少女は身じろぎし兵士に対してあれやこれやと吠えるが、しばらくしてズカズカと大股で馬車へと戻っていった。


「すす、すみませんすみません!」


「ちっ、ほら、ついてこい」


「はい」


 馬車へ戻り、片方の兵士の先導でようやっと村へと立ち入る。


 村人たちの顔は先ほど見かけた人と同じく、一様に暗く笑顔も少ない。

 村内はいたるところに鎧を着た兵士がおり、奥の方にある一番大きな建物には、国旗と光団旗が掲げられていた。


 二人を乗せた馬車はその家の前で横づけされる。


「降りろ」


 再び兵士の先導で建物に近づく。

 扉は開けっぱなしにされ、周囲も中も、外よりも一層厳重な警備が敷かれていた。


「待て、武具は馬車の中に置いていけ」


「え?」


「当たり前だろう、それとも御方の前でなにか仕掛けるつもりなのか?」


「い、いえ」


「わかったわよ」


 二人はそれぞれ腰に下げていた一本の鉄の剣を外し、言われた通りに馬車の荷物と一緒にする。


「なんだ、それだけなのか?」


「ええ、これが私たちの武器よ」


「弓も、短剣も、盾もないと?」


「ええ」


「……舐めているのか、ガキ」


 兵士は怒り顔でローゼに近寄る。


「私達はこの剣一本で戦ってきたわ、これからもね」


「僕たちは『踊る双剣』ですから。受けた依頼は必ず成功させます、それともやはり冒険者は信用なりませんか?」


 デュオンもここはと思ったのか、前に出て兵士に反論する。


「当たり前だろう、ろくに戦闘訓練も受けていない、ほとんどの者が独学でやっているだけ。それに素行の悪い人間も多い。我々軍としては盗賊と変わらんよ、ハッ」


 しかし兵士はなにを当たり前のことをと鼻で笑いかえした。


 実際、冒険者の中には食い詰めてそのような悪行に走るものもいる。

 日雇い労働者よりも稼ぎの少ない人間はそこそこいるし、そういう者は大抵低ランクで止まってしまっている元から"才能"のないものだ。

 確かに、一攫千金を狙ってその通り名を馳せる冒険者も存在するが、大抵のものはそこまでたどり着けずに怪我をするか嫌気がさして引退する。

 盗賊の一員として加わり、おこぼれをもらった方がまだマシと考える人間が出てくるのも致し方ないとも言える。


「お前たち、そもそも子供じゃないか? やはり怪しいな、この依頼にはここの村人だけでなく、領内全員の命がかかっていると言ってもいいのだ。領民の被害に対して国王陛下は大いに心を痛められておる、倒せませんでしたすみませんじゃすまないんだぞ、うん?」


「わかっています、ですが信用してください。インセクトビートルは必ず倒してみせます」


 デュオンは一歩進み、兵士はそういう。


「っつ」


 子供の身体でありながらも、強く気迫を見せる。

 兵士は思わずたじろいだ。



 --パチパチパチ。



 と、建物の中から、拍手をしながら誰かが現れる。

 全身白い衣服を着た女性だ。


「こ、これは!」


 兵士はすかさず片膝をつき、胸の前で両腕を交差させた。


「こんにちは、冒険者の方」


 女性は笑顔で二人に挨拶する。


「え、こんにちは」


「? だれ?」


「わたくしですか? わたくしはアルテンガル。ライティン光団で聖女の肩書きを拝しています」


「ライティン光団の聖女様……?」


「はい、皆さまからはそのように呼ばれておりますね」


 先ほどの話にあった高貴なお方とはこの人のことであったのかと、デュオンはその美貌に少し見惚れながら納得がいく。

 なおローゼは頬を膨らませながらそんなデュオンのお尻をこっそりと抓るのであった。


「いっ……そうですか」


「おい、お前たち、不敬だぞ!」


 兵士が跪かない2人を2人を睨みつける。


「いいええ、結構ですよ、私もこの方が話しやすいですので」


「は、はっ」


 兵士は渋々ながら引き下がる。


「思ったよりも若い方々でビックリ致しましたが、世の人のためになる事をなさる気持ちには、年齢は関係ないと思います。大変ご立派ですわ」


「いえ、そんな恐れ多い」


「今回は本当たまたまこのような機会に恵まれまして。冒険者の方がどのようにして依頼をこなされているのか拝見したことはありませんでしたので。楽しみですわ」


「はあ」


 ローゼが生返事をする。


「あら、もしかして、聖女なんて肩書きなのに意外と能動的だなんて思ったのかしら? 確かに、日頃は言われるままにしていることも多いし、色々と制約も多い生活を送っています。ですが私も一人の人間、気になる物事は普通にあるのですよ」


 と、聖女がお茶目に笑う。


「あ、いえ、失礼しました……何にせよ、この村を襲っているインセクトビートルは間違い無く私たちが倒して見せます」


 今度ははっきりとした口調で受け答えをする。自信満々の様子だ。


「はい、もちろん僕も同じ気持ちです」




「ほうほう、これは頼もしい」




 と、また建物から誰かが姿を現した。

 重厚な鎧を着た顔に幾つもの傷をつけた中年男性だ。

 隣には、いかにもと言う風貌の太った男性が横に連れ添っている。


「あなたは……もしかして、師団長殿でしょうか?」


「いかにも、恐れ多くも第二師団長の任を賜っているヴァッハと申す、小さな冒険者たちよ、よろしく頼む」


 ヴァッハは鷹揚に頷き、デュオンに向かって手を差し出した。


「ど、どうも」


 続いてローザとも握手を交わす。


「そちらは……領主様で?」


「うむ、その通りである。モツアルト=アーマデアである。今回は腕利きの冒険者がいると聞き、依頼を回させてもらったのである。なるほど、聞いていた通りに本当に子供のようであるな。魔物の方は大丈夫であるか?」


「間違いなく倒して見せます」


「どうぞお任せください、皆さん!」


「その心意気、気に入った。普通はここまで高位の人間に囲まれると萎縮するものだが、堂々としておる」


 ヴァッハが満足そうに口元を釣り上げた。


「そうでないと冒険者なんてやっていられませんので」


 姉御肌のローゼも率先してまたハキハキと受け答えをする。


「気に入ったのである、少しばかり休憩した後、早速討伐に向かってもらうこととしよう。では師団長殿、あとの事は頼みますぞ」


「私も一旦戻らせていただきますわ、どうぞご健闘をお祈りしております」


「「ありがとうございます」」


「お任せを」


 モツアルトと聖女はそのまま屋敷へと戻っていった。


「では、私達はさっそく準備の方をしよう。どのように倒すのか、作戦なども聞いておきたい」


「あの……」


 と、デュオンが口を挟む。


「なんだ?」


「ところで師団長殿は一体どうなさるおつもりで? 話の流れを考えると、まさかついてくるとか……」


「なんだ、察しのいいな。安心しろ、別に君たちに害をなすつもりはない。これは昇格試験も兼ねているのだろう? その見届け人だと思ってくれたらいい。今回は異例のこと、不手際の内容にといろんな方面から口を挟まれておってな」


「はあ」


「まあ、難しい政治の話は予想ではないか」


 ガッハッハ、とこれまた大袈裟に笑い声をあげる。


 そして3人は万が一の護衛を伴ってそのまま良く魔物の出現するという方向に向かって歩き出した。

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踊る双剣 ラムダックス @dorgadolgerius

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