第2話
次の日、二人はいつものようにギルドへ顔を出す。
「お、おはようございます……」
「おはよう、ラフィエ……って、いい加減起きなさいよあんた……」
「昨日はちょっと疲れていたんだ、ごめんよふぁあぁ……」
「やれやれっ」
まだ朝早いため、人は疎らだ。
だが割りのいいクエストの場合は、早い者勝ちな受領システムにおいてはすぐに"売り切れて"しまう。
また遠出するクエストがある場合も、朝のうちに受注して、日が昇っているうちにその場所まで向かわなければ行程に支障が出る場合もある。
それに二人の実力ならば複数のクエストを1日でこなすこともできるため、こうして早起きすることがある。
それだけ、目的に近づくということなのだから。
しかしデュオンはまだ寝ぼけ眼である。案の定ローゼに頬をムニムニされ起こされていた。
「二人ともおはよう。突然だけど、今日はちょっと頼みごとがあるんだけど、構わないかしら?」
そのままふたり揃ってラフィエがいる受付に挨拶がてら顔を出すと、いつも溌剌とした笑顔はどこかへと、眉を下げ困った顔をした彼女がいた。
「頼みごと? なにかしら?」
「ええ、この街から馬車で3日ほど進んだところにある、ムッシという村に魔物が出たの。で、その魔物がなかなか手強くて……」
「えー、それはつまり、ぼく達に倒して来てほしいって、話ですか?」
「理解が早くて助かるわ。その通りよ。インセクトビートルって知っているかしら?」
「知らないわ。デュオンは?」
「ううん」
「そうよね。私達も、久し振りに聞いた名前なのよ。こんな魔物なんだけど」
ラフィエは二人に紙を見せる。
その魔物は、蜂と甲虫が合体したような見た目だ。
蜂の身体に、甲虫の羽根と角が付いている。
背中は堅い殻で守られており、尻尾の針には猛毒が。さらにその針には
顎にはこれまた鋭い牙が付いており、先の方から二股に枝分かれした角は鉄をも貫き通す。
その動きは俊敏。前も後ろも高い攻撃力を誇り、さらに魔法の耐性も高く、一度現れるとなかなか退治することができない厄介なものなのである。
「ふーん、その魔物が村に現れ、家畜を襲って困っていると」
ラフィエから説明を聞いたローゼが顎に手を当てる。
「そうなのよ。しかも移動出来る距離も長いから、もしその村にもう旨味がないと判断するとすぐに違う村を襲うわ。そうしてすでに三つの村が被害に遭っているの。今までは他の街のギルドの管轄だったから、手を出せなかったけれど、ムッシ村は領主様の管轄区域だし……」
ーーーーこの街を含め、四つの街と二十の村を束ねる領主は、インセクトビートルが管轄区域に入って来たと知ると、即座にギルドに緊急討伐命令を発令したので遭った。
「なので身軽な攻撃が特徴で、しかも経験も積んできている貴方達に、ランク昇格試験を兼ねて指名依頼が入っているのよ」
「指名依頼? でもそれって、ランク4からの冒険者が授かるものなんじゃ」
「今回は特別なのよ。なんとも、貴方達の評判を聞いた領主様が、いいタイミングだし実力を試してみたくなったって噂よ? 私としては、危険なクエストになるから、無理なら無理とはっきり断ってくれてもいいと思ってるんだけど……」
ラフィエは複雑そうに拳を胸のあたりで握る。
「そうよね、実質領主様の命令だもの、断るわけにはいかないわ。このギルドのみんなにも迷惑がかかるし、なにより私達の目的に近づくことにもなるから。ね、デュオン」
「うん、そうだね。それに昇格以来ってことは、成功すれば僕たちは晴れてランク4の仲間入ってことでいいんですよね?」
通常、ランク5から4に上がるには、昇格試験を受けなければならない。ギルドから指定されたクエストをいくつかこなし、その総合評価によって決められる。
しかし今回は趣がちがう。領主からの指名依頼でなおかつ相手がインセクトビートルなのである。もしこのクエストをクリアできれば、2人はまさに大人顔負けの一人前の冒険者と評されるであろう。
「そうね、インセクトビートルを倒せるのであれば、間違いなくもう立派な冒険者よ。それにその歳で2人で倒したとなれば、うちのギルドの評判も上がりそうだわ」
「わかりました。そのクエスト受けます!」
「ありがとう二人とも。でも気をつけてね、本当に危険な魔物なんだから……無理はしないのよ?」
「わかってるわ、ありがとうラフィエ」
「あ、それでね、クエストに関しての詳しい話を副ギルド長が伝えたいって事なので、今から時間、いいかしら?」
「副ギルド長が? まあ、いいわ」
「はい、特に急ぎの用事があるわけではないので」
「じゃあ、こっちへ」
二人はラフィエに連れられて、三階にある部屋に向かう。
「副ギルド長、お連れ致しました」
「入りたまえ」
「じゃ、私はここで」
ラフィエがコンコンッと扉を叩くと、野太い男性の声が帰ってきた。
そのまま彼女は去って行く。
「し、失礼します」
「失礼するわ」
デュオンは緊張しながら、逆に姉のローゼは堂々と部屋へ足を踏み入れる。
「うむ、かけたまえ」
部屋の中では、奥の机でガタイの大きい中年の男性が筆を片手に書類を処理している。
二人の姿を確認すると、その男性は部屋中央に設置してあるソファへ移動し、二人も勧められるがままに腰掛けた。
「久しぶりだね」
男は二人の顔を順番に見、笑顔を浮かべる。
「は、はい」
「ええ。"あの時"以来かしら」
「そうだったね、君達二人の活躍は職員からも冒険者からもよく耳に入ってくるよ。流石は『踊る双剣』だ」
「ありがとうございます」
「当然ね、私とデュオンがいれば、ドラゴンだってきっと倒せるわ。私たちはまだ立ち止まる時じゃないの。で、ドラゴンじゃなくてインセクトビートルを倒してこいって話だけど?」
冒険者はドラゴンを倒すことで、"登竜者"と呼ばれ尊敬される存在になる。昔からドラゴンは畏怖の対象であると同時に冒険者なら叶うならば一度は討伐したい生き物だ。
なおドラゴンは魔物ではなく普通の生き物扱いである。
「ある程度は聞いているね? 指名依頼は初めてだったか。依頼と言っても今回の場合はかなりの強制力があるから、余程の理由がない限り断る訳にはいかない。また、途中で投げ出してもペナルティがあるだろう。そこは分かっているね?」
「はい……」
「脅しているつもりかしら? 私たちなら大丈夫よ。このギルドではあなたが一番よくわかっているはずよ?」
「ははは、その通りだ。助けてもらった身だからよくわかっているよ」
副ギルド長とこのきょうだいは、二人がこの街に来る直前、ある事件で出くわし、そのままスカウトされた経緯がある。
「で、 なんの話をしたい訳なの? 回りくどいことはやめてくれるかしら?」
「うむ、実は……その村に、今領主様が向かっていらっしゃるのだ」
「「!!!」」
「そうだ。君達の活躍を自らの目で確認したいということでな。それだけじゃない、王都から地方視察にいらっしゃっている第二師団の団長と、なんとご同行されていた聖女様もいらっしゃるのだそうだ。村の者は今頃大慌てだろう、ただでさえインセクトビートルの恐怖に怯えているところに、権力という恐怖がやってくるのだから」
「「えっ?」」
「つまりだ、君達はただ魔物を討伐すればいいというわけではない。ここで成功すれば、御方々の目にとどまるところとなる。随行者も含めれば20人以上はいるだろう、君達の活躍、ギルドとしても大いに期待していると伝えておこうか」
「そ、そんなにたくさん……」
「馬車の用意はこちらでする。また前金という形で、必要な物資や武具があれば遠慮なく準備させてもらおう。今はまだそこまで話題にはなっていないが、そのうちお偉方があの村に来ているという話は広がるだろう。」
「話が大きくなってきたわね」
ローゼが溜息をつく。
「君達がこのクエストを依頼された時点で、すでに人生の岐路に立っているということだ。インセクトビートルを倒せるかどうか、そしてお偉方が君達を気にいるかどうか、全てはあと数日後には判明している。その歳で、まだまだ理解しきれない部分もあるだろう。だが、人生とは思わぬところで
第四まである王国軍の師団、その第二師団は第三師団とともに地方を守る役目を与えられている。
また聖女は、この国において唯一の宗教であるライティン光団という組織で崇められている存在だ。それはつまりは国民の崇める対象でもある。
領主だけでなく、軍事の責任者の一人と、宗教団体のトップの片割れが一堂に会す。そこで活躍するということはどういうことか?
二人の未来はすでに激しく動き出そうとしているのであった。
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