手の平のお豆から軽く血が出た。
「よーし、全員2周回ったな。少し休んだら、実践形式の練習をやるぞ。全員でちゃんとボール拾いと片付けをやれよ! ダラダラするな!」
打撃コーチのその言葉で、ようやくティーバッティング地獄が終わりを迎えた。
野手陣が一斉に、ぜーはーぜーはー言いながら、その場にへたりこむ。
ティーバッティングをひたすら6分、場所を変えてまた6分。30分ティーバッティングをしたら、グラウンドの真ん中でフリーバッティング6分。
それが終わったら、またティーバッティングを6分を5セット。
それを2周。終わった頃には、両足がプルプルしていて、バットを持ち上げる握力もなくなった。
しかし、新しいバットを地面に落とすわけにはいかない。俺は抱き抱えるようにして、土に背中をつけて寝転んだ。
コーチがああ言っていたが、ダラダラする余裕すらない。
「あー、やだ。しんどいっす。。帰りたい……」
ボールの入ったカゴの向こう側で、柴ちゃんもくたばっている。
「オラァ、新井、柴崎!休んでんじゃねえ!ホワイトボードで打順とポジションを確認しておけよ。しっかり水分を摂れ。10分後には、ピッチャー達が来るからな。それまでに片付けも済ませろよ」
「「………ういー………」」
野手陣はみんなプルプルガクガクする足で立ち上がり、ボールを拾い、ネットやらなんやらを片付けで、軽くグラウンド整備をして、ボトルに入ったスポーツドリンクを一気に流し込む。
ホワイトボードに、先攻チーム後攻チームの2つに分かれて打順表が示されており、俺は柴ちゃんと共に先攻チームに入った。
「お疲れーっす!」
「お疲れ様です。よろしくお願いします」
アンダーシャツを取り替えたり、ベンチで準備していると、ベンチ裏からブルペンでの投げ込みを終えた投手陣達が俺の横を通りすぎていく。
みんなしてポンポンポンポンと、俺の可愛いおケツを触っていきやがって。
半笑いで蹴りを入れていく奴もいるくらいだ。
これはグラウンド上でお仕置きが必要ですわね。
「よーし、はじめるぞー」
ヘッドコーチが手を叩きながら、監督と一緒に現れて、後攻チームのメンツが守備位置に散っていくと、少しグラウンドに緊張感が増す。
萩山監督とヘッドコーチはグラコンを着込んで、キャッチャーの斜め後ろに置かれたネットの後ろで、パイプ椅子を置いて着席。
「粗茶ですが」
「いいからお前は打席に入る準備をしろ」
せっかく温かいお茶を出してあげたのに、足蹴にするヘッドコーチ。
冗談が分からないおじさんですわね。
「ストライク! バッターアウト!」
先攻チームの1番バッターである柴ちゃんは豪快に空振り三振。
すっかり見慣れた光景だ。
シーズン終盤になると、俺が送りバントをするケースがめっきり減ったもんなあ。
1番バッターなら、もっとしっかりして欲しいですよ。
「くそー。振り遅れたー」
悔しそうな表情で戻ってくる柴ちゃんとすれ違うようにして、俺は打席に入る。
「ちゃんと見ててね!」
萩山監督とヘッドコーチにそう言って、キャッチャーの北野君。球審を務めるバッテリーコーチのおじさんにしっかり挨拶をして、ピッチャーの子にも目線を合わせてヘルメットのツバを触った。
マウンド上には、愛知ドラゴンスから新球団トレードでやってきた高卒7年目。25歳の本格派右腕。
甲子園未出場ながらドラフト3位と期待された選手だが、なかなか芽が出ず。
今シーズンは2軍で6勝を挙げるも、8敗と2つ負け越し、1軍では3試合に先発するも、すべて5回持たずにマウンドを降りている。
しかし、時折見せる球のキレは1軍でも通用しうるレベルであり、もう少し余裕のあるピッチングを覚えられたら活躍出来ると思うのだが。
俺に投げた初球も、アウトコース寄りの真ん中と甘い球だった。
カアンッ!
1、2の、サーン!
で振り出した俺のスイングから快音響く。シーズン中から、レフトのポジションだったとはいえ彼のピッチングはずっと見ていましたから、タイミングの取り方さほど苦労しなかった。
おあつらえ向きのアウトコースのストレートはベルトの高さ。
初球だったが上手くタイミングが合って、きっちりとした流し打ち。
打球は1、2塁間の真ん中をライナーで破り、ライト前にワンバウンド、ツーバウンド。
若干ライト線側にスライスしながら抜けていく打球を見ながら、俺は1塁ベースをゆっくりとオーバーランした。
秋キャンの実戦形式の練習。俺がヒットを打とうが打たまいが、何ら変化などない。
今シーズンはそれ以上に積み上げてきたものがあったし、この場面、三振しようがホームランを打とうが俺を見ている首脳陣の評価は微塵も変わらない。
どちらかといえば、柴ちゃんと俺という1軍である程度形になっていた並びに、2軍のピッチャーがどんなピッチングをするか。
1年間1軍で1、2番コンビを形成してきた左と右ルーキー2人に、キャリアでは4年5年上の燻っているピッチャーがどう投げるか、それをテストしている意味の方がはるかに強い場面だ。
もちろん、どんな状況でもヒットが出て嬉しいことには変わりないが。
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