ピンク色のバットって、冷静に考えると恥ずかしい。
「こちらは、バットとグラブを実際に設計、製造しました岡野と升田です。2人とも夏頃から新井さんのバッティングや守備の映像をコンピューターで分析して、開発に取り組んでいたんですよ。今日新井さんに会えるのを楽しみにしていまして……」
白髪混じりのおじさんはそう説明しながら、後の2人を俺に紹介。
後ろに流した髪の毛をカチカチに固めた、少しガタイがいい感じの男。岡野さん。
「よろしくお願いします」
もう一人は、キリッとした眉とつり目が鋭い、いかにもやり手そうなOL風の女性。升田さん。
「はじめまして。よろしくお願いします」
2人はどちらも俺と同じくらいか、少し年上。
そんな印象だ。
それぞれ握手をかわした後、岡野さんはバットケースを肩から下ろし、升田さんはベンチの端に置いてあったキャリーケースを開ける。
そして、白髪おじさんの関根さんが話し始める。
「新井さんは現在、汎用型の一般的な型のバットを普段使われているということで、その形と重さをベースとしまして、全体の長さと重さ、グリップの太さを少し変えた物を用意しました。特に右方向へのバッティングを重視されている新井さんにはフィットするのではないかと考えております」
そう説明を受ける俺の目の前には、トータル5本のバットが用意されていた。
とりあえず、自分の太ももに立て掛けるようにしながら、サイズの短いと言われているバットから順番に手に取ってみる。
他よりも短いといっても、微妙な違い。指1本分ないくらいのほんの僅かな差。
実際に振ってみたりすると、そんな僅かな差が大きな感覚の違いになる。
とりあえずいつも使っているバッティンググローブをはめた両手でグリップに力を込めて握る。
おお。なかなかいい握り心地。いい太さだ。指の関節がストレスなく握り込める。
ヘッドのバランスのもいい。バットの重心はやや根元付近に寄せられている、いわゆるアベレージバッタータイプは俺向きの型。
かといって、実際の重量以上にはヘッドの重さは感じず、スイングのバランスが崩れる心配はなさそう。
ゴツいアーチェリーの弓をいっぱいに引いたようなM型の囲いの中に、アンダーのAの文字が刻印され、グリップの上からバットの先まで、ビクトリーズカラーの真っピンクのカラーリングも気に入った。
いいお付き合いが出来そうだ。
俺は素直にそんな感想を3人に告げる。
「いやー、なかなかいい感じですね。さすがはキャッチコピーが1人1人にジャストフィットなだけありますね!」
テンションの上がった俺が若干イジり気味にそう言ってみると、アンダーの3人は少し恥ずかしそうに笑った。
「よーし、じゃあこのバットで試しに打撃練習してみようかな」
「分かりました。よろしくお願いします。何かありましたらすぐにおっしゃって下さい」
残った4本のバットを岡野さんが抱え上げ、とりあえず一旦邪魔にならないところに下げる。
いくらメーカーの社員さんがいるからとはいえ、いつまでもお喋りしながらバットを選んでいると、またコーチの蹴りが飛んできそうなので、俺は2番目に小さいバットを選んでグラウンドに戻った。
「あ、そうそう。危ないんで、グラウンドにいる時は必ずヘルメットを被って下さいね。……はい、どうぞ。1つずつ」
俺は両耳をカバー出来る安全用のヘルメットをアンダーの3人さんに手渡す。
彼らは恐れ多いといった様子でそれを受け取り、丁寧な所作で真っピンクのテカテカしたヘルメットをかぶり、防球ネットの後ろに隠れた。
俺はバックネットの真ん中の位置でバットを振って待つ柴ちゃんの元へ。
「わりい、わりい。待たせたねー」
「おお、新しいバットっすか? めっちゃピンクいっすね」
柴ちゃんは、俺が手にするバットに興味を示す。
「この前電話かかってきてさー。是非使って下さいって」
「えー、マジすかー」
彼は少し羨ましがるような表情を浮かべる。
「そのまま契約するんですか?」
「感触がよければねー」
「…………じー」
「…………じー」
「…………じー」
真後ろからじーっと見られると、非常にやりにくい。そりゃあ開発した方からしてみれば、手塩にかけて育てた娘を初めて公の場に出したようなそんな感じ。
アンダーからきた3人は、揃って目をくわっとさせて、ティーバッティングをする俺を凝視する。
カンッ!
カンッ!
カンッ!
俺がボール1つ打ち返す度に、うんともむんとも表現出来ない、かなり不安げなうなり声を漏れ出させるようにして、固唾を飲んで見守っている。
しかし、思っていたよりも試しているバットの感触は非常にいい。
軽いスイングでも、十分にボールへの反発が感じられる具合だ。
それでいて、バットの芯でボールを捉える感覚がしっかりとある。かなりバランスが取れていてスムーズなスイングの軌道が掴みやすい感じがする。
バットの材質はホワイトアッシュらしいのだが、最近ではバットの加工技術が進み、アオダモでなくても、ある程度バットのしなりというものを作り出せるそうだ。
その技術がこのバットにも感じられる。
ホワイトアッシュは堅くて反発力が強い。パワーのない俺には、弱点を補う最適の素材と言える。
これなら俺がホームランを打つ日も近いかもしれない。
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