電話番も出来る新井さん。

「お疲れ様でーす。記入終わった方は、ここに置いたらお帰りになって大丈夫ですよー。ペンもちゃんと戻して下さいねー!」



まるで模擬試験をやっているかのような気持ちにすらなった。


横長のテーブルに着いてカリカリすること1時間。その頃には、ぼちぼち書き終わる人間も出て来て、宮森ちゃんの明るい声が会議室に時折響いた。



「ふあーっ、終わったー。飯でも行きますかー」



そう言ったのは、ドラ1の連城君。両腕を背中側に回してストレッチするようにして大きな欠伸をした。



壁に掛けられた丸い時計は間もなく午後1時を迎えるところ。


そろそろお腹もすいてくる頃だ。



連城君の提案を聞いて桃ちゃんが賛同する。



「いいねえ、飯行くか。他には誰か行くかい?」



ドラ6の桃ちゃんがそう言うと、隣に座っていたドラ2の碧山君がアンケートの最期を乱暴に書きあげるようにして立ち上がる。



「俺も行きます。浜ちゃんも行こうぜ」



「はい、行きまーすっ」



1番最初にアンケートを書き終えてスマホをいじっていたドラ7の19歳、浜出君も立ち上がる。



「飯っすか? 俺も連れてって」



トイレに行っていたドラ9の柴ちゃんも戻ってきた。



その勢いで彼はプレミアムドラフト入団俺にも訊ねる。



「新井さんも行きますよね?」



「当たりま………」



「新井さんはダメです!!」



横からドラ10の宮森ちゃんがバッサリと断った。





「え? なんで?」



俺は振り返って、勝手にせっかくの誘いを断った宮森ちゃんを睨み付けた。投手、野手問わずに、ルーキー全員が集まれるチャンスだったのに。


「今日は新井さんに大事な電話がかかってくるので、事務所で待っていて下さい」



「えー、なんの電話?」



「秘密です」



なんで教えてくれないんだよ。おかしいだろ。



俺は1つも納得出来なかったが、他の連中は俺と宮森ちゃんを見てニヤニヤしながら、会議室から出ていってしまった。



ひどい。頑張ってアンケートに答えていたか、お腹も空いているというのに。



「会議室閉めるんで早く出て行って下さい。……あと、そこの段ボールを持ってきてもらえます?」


宮森ちゃんは皆が書いていったアンケートを確認しながらまとめて、俺を使いパシった。



俺は置いてきぼりを食らったことに落胆しながら、何かが詰まった段ボールを抱えて会議室を後にした。



廊下を少し歩いて球団事務所に入り、入り口近くに段ボールを置くと、宮森ちゃんデスクに座らされた。


「はい、どーぞ」



宮森ちゃんが温かいお茶と、親会社の看板商品であるビクトリアガレットも入ったお菓子の詰まったカゴを俺の目の前に置いた。



「もう少ししたら、電話が鳴ると思いますので、よろしくお願いしますね」








「だから、誰からの電話がかかってくるの?もしかして、球団のお偉いさんからの電話で、お前今日で戦力外! なんて言われたりしないよね」



ビクトリアガレットをザクザクと頬張りながら聞くと、宮森ちゃんはいたずらにニヤリと笑う。



「まさかそんな大事なことは電話で済ませませんよ。まあ、電話がかかってくるまでの秘密ですけど……。ヒントは、新井さんをとっても大好きな人ですね」



は? だから誰だよ。みのりんかな?みのりんしかいない。それか、発情したポニテちゃん。もしくは、久々のみのりんの姉。



しかし、そう言われると、少しドキドキがしないでもないが、側のテレビを点けて、お茶を啜りながら待つことにした。



宮森ちゃんは向かいのデスクで、サンドイッチを食べながら、さっきのアンケート用紙をまとめ直している。



部屋には俺達以外誰もいない。テレビで放送されているワイドショーの音声と、仕事をこなす宮森ちゃんのため息が時折聞こえるだけ。



彼女のスーツ姿も見慣れてしまい、たいして興奮も欲情もしなくなってきた。



腹減ったなあ。暇だなあ。



そう思いながらも、お菓子を1つ2つと食べていると……。



トゥルルルル!! トゥルルルル!!



目の前の電話機がけたたましく喘ぎ始めた。








俺を大好きという人からの愛のテレフォン。俺は気持ちが高ぶったりして、いきなり声が裏返ることのないように咳払いを1つして、受話器を取った。



「はい、もしもし。ビクトリーズのイケメン担当であります新井時人でございますよ」



俺がそう話すと、電話の向こうの人は心底驚いた様子だ。




そしてあまりにも残念過ぎたのは、明らかに俺よりだいぶ年上なおじさんの声だった。


少し声色は高め。あーあー、果てしないー! と、歌えそうなくらいの高い声。紛れもなくおじさんの。



それを聞いて、俺は受話器を元に戻したくなりそうなくらいがっかりした。


しかし、そのおじさんの声色というか電話越しのテンションが俺とお話出来たのが嬉しくて仕方ないという様子。



宮森ちゃんが言っていた俺を愛するという部分に関しては正解だったのかもしれない。



「あ、新井さんですか! うわ、すごい!本物の新井さんですよね!!は、はじめまして!私、株式会社アンダーの営業部長を務めております、関根という者でして………実は新井さんに折り入ってご相談が!」




アンダーといえば、テニスやバドミントンのラケットなどを製造している会社。


ついこの前、バドミントンの世界大会で優勝した選手が愛用していて、インタビューでそのラケットをべた褒めしているのをスポーツニュースで見たぞ。



最新のコンピューター分析で、選手1人1人にジャストフィットして、パフォーマンスを最大限に引き出すとかなんとか。



そんな会社が何の用だろうか。

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