新井さん、字が下手っぴですねえ。

「じゃあ、新井さんの分はこれです。ちゃんと全部真面目に記入して下さいよ。テレビ局からきてるのもあるんですから」


最終戦から3日後。


ビクトリーズスタジアムの会議室に、ルーキー選手10人全員が集められた。



俺もプロ野球選手になってから初めて知ったのだが、色んな方向からくるアンケートやらなんやらを片付けなくてはいけないらしい。



会議室に入ると、珍しくスーツ姿の宮森ちゃんが待ち構えていて、やってきた選手1人1人に、用紙の束と筆記用具を渡す。



ドラ1の連城君からドラ10の俺まで、3日間ゆっくり休んだおかげか、多少疲れの取れた10人のルーキーが口の字にズラッと長テーブルに座って、ボールペンを握り、目の前の用紙とにらめっこ。



みんなでテストを受けているみたいな気分。学生時代を思い出す。



選手会やプロ野球機構からのわりと真面目なアンケート。



交流戦やオールスター戦、クライマックスシリーズの形態をどう思うか。


今の年俸に満足しているか。希望している額とはどのくらい開きがあるか。


FA、ポスティング、トレード制度をどう思うか。



球団に対して不満なことはあるか。



みたいなそんなアンケート。



これらが選手会から各選手に送られてきたものだ。






昨今のプロ野球界も、セクハラやパワハラ撲滅みたいにわりとそういうところは世間と平行するように年々厳しくなってきている。


俺も宮森ちゃんに対して少しは思い当たる節があるので多少は気をつけようとは思う。



「どうしました? 新井さん。何か分からないところありました?」


一通り、ルーキー選手達に資料を配り、説明し終えたルーキー球団職員の宮森ちゃんが俺の視線に気付き、こちらへ近づいてきた。



俺の側まできて、テーブルに片手を着いて、俺の頭の上から覗き込む。


その時、女性らしいふわっとした少し甘い香りが俺の鼻孔をくすぐった。



「ふーん。ちゃんと書けてるじゃないですか。でも、もう少し丁寧な文字でお願いしますよ」



宮森ちゃんはそう言い残し、別の選手のところでも同じように覗き込む。




30分か40分。時折あくびをしながら、暖房の効いた部屋で眠たくなる目を擦りながら、ペンを走らせる。




アンケートは以上です。ご協力ありがとうございました。日本プロ野球機構。



という文字が出てきたので、よっしゃー終わったーと思ったらまだ下から新たな用紙が出てきた。



ジャパンTV、プロ野球ニュース班から新井時人選手へご協力をお願い致します。



などと書かれている。







内容は、現役プロ野球選手が選ぶ本当にすごい選手グランプリ。


12球団の主力選手に聞いた本当にすごいと思った他球団選手を挙げてランキングにするという、ジャパンTVのシーズン終了直後のスポーツニュース内の名物コーナー。



投手だったら、スピードボール部門、変化球部門、コントロール部門。野手だったらパワーヒッター部門、バットコントロール部門、走塁部門、守備部門。


とわかれており、それぞれ1位2位3位と3人の選手を選ぶというもの。



そして最後には、俺のベストナインという項目もある。








うーん………。めんどくせえなあ。



とは思いつつも、俺もプロ野球選手のはしくれならば、スポーツニュースを取り扱うテレビ局や番組にはいい印象で接しておかねばと、真面目に取り組んだ。



しかし、例えばスピードボールと一口に言っても、155キロとか156キロを投げるピッチャーが1番速いかと言われるとそうでもない。



東日本リーグで対戦したピッチャーの中では、東北レッドイーグルスの則元投手とか、埼玉ブルーライトレオンズの桜井池投手などは確かに速いが、それは対戦する前から速いと分かっていた投手。


打席に立って、それほど驚きはしなかった。



速いってのは十分承知していたから。





各球場のスピードガンの表示上では確かに速いのだろうが、速く見えるという意味では、身長が2メートル近い外国人ピッチャーの投げ下ろしてくるような148キロ!


とか、逆に身長が低い選手の球の出所が見にくいサイドスローの145キロとかの方がその瞬間の感覚だけで言えばずいぶんと速く見える。



それに同じ150キロでも、コントロールをミスってど真ん中にきたボールと、きっちりストライクゾーンの四角に決まったボールとでは、速さ感じ方が違う。




ピッチャーのストレートは素材そのもの。投球フォームだったり、球離れの見え方だったり、コントロールだったり、変化球とのコンビネーションだったりでどう味付けしてバッターにお出しするかというそういう話。



ベンチでは味方の選手がはえー、はえー、言っていたピッチャー相手にいざ打席に立って見ると、言うほど速くは見えなかったり。


逆に俺の時だけなんか速くない? って感じる時もある。


もしかしたら、俺のボールの見え方は他の選手達とはちがうのだろうかとすら思えてくる時もあるが……。





つまり、いざ言われると誰が速かったのかなんてなかなか思い出せない。



俺はスマホを開いて、現役プロ野球選手、ピッチャー、豪速球、と検索してヒットした順にランキングを埋めていった。





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