もっと………蹴って下さい……。
別に新人王なんて絶対に欲しいと思っているわけでない。むしろその称号が次のシーズンにハンデになるまであるし。
新人王の肩書きがあったからといって、何か有利なことが起こるわけでもない、年俸査定という意味では少々関わってくるかもしれないけど。
それに正直、28歳で童貞の新人王と言われてもちょっと恥ずかしい気持ちにすらなってしまう。
「あんた、今日はいつにも増してテンション高いわね。どうしたの?」
少し唐突に、ギャル美がポニテちゃんにそう訊ねた。
「え?い、いや、あの。………実は今日、願書を提出してきまして……」
「願書? もしかして、アスレチックトレーナーの?」
「はい。宇都宮駅の東口側に、来年度から新しく専門学校が出来るんです。今日がその願書解禁日でして……」
「へー、あんた前からそっちに興味あるって言ってたもんねー」
ギャル美が関心した様子でそう言うと、飲みかけの缶ビールをテーブルに置いて、ポニテちゃんは手を膝に置いた。
そして、少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら、俺の方を見つめる。
このタイミングで愛の告白でしょうか。
「違います」
みのりんのスパッとした指摘が入る。
心の声を読まないで頂きたいです。
それにどうしてみのりんさんが否定なさるのでしょうか。
「実はプロのトレーナーになりたいと思ったのも、新井さんに出会ってからなんです。春先の頃までは正直、格闘技以外のスポーツにはあまり興味はありませんでした」
あ、格闘技は好きなんだ。
俺はふとそう思った。
「私のバイト先であるシェルバーで新井さんと初めて会って、私にとって初めてのスポーツ選手でした。みのりさんとマイさんを通じて、新井さんと度々こうして食事をするまでに仲良くさせて頂いて、そして試合を頑張った新井さんの体のケアをする。
そして、その新井さんが次の試合で活躍する。ここ最近は、それが私の1番の喜びだったんです。プロのトレーナーになれば、試合に命を賭けるスポーツ選手をサポートすることが出来る。私のサポートで、1人でも多くのスポーツ選手に活躍してもらいたい。そう思うようになったんです。
新井さん、みのりさん、マイさん。皆さんのおかげで、将来やりたいことが見つかりました。本当にありがとうございます」
椅子に座りながら、ペコッと頭を下げるポニテちゃんの姿に、少しうるっときてしまった。
それと同時に、この子はベッドの上でどんなよがり方をするのだろう。
そういう風にも考えてしまった。
「さやかちゃん。そこまで言われたら仕方ないな。恋人として付き合ってあげるよ」
「は?」
ガンッ!
「は?」
ガンッ!
その瞬間、みのりんとギャル美がテーブルの下で俺の足をそれぞれ蹴飛ばした。
プロ野球選手の体なのに、何してくれるのかしら!
そういえば、新井くん。明日からの予定は?」
踏みつけた後、他の2人には分からないようにルームソックスを履いたその足で優しくスリスリするちゃっかりみのりん。
「明日からはねえ。まだざっくりした予定しか聞いていないんだけど。10月の終わりから群馬の山奥で秋キャンプやって、2週間くらいで帰ってきて、11月の中頃にファン感をやって、そしたら順番に契約更改する感じだね」
「ファン感ってなに?」
「ビクトリーズスタジアムでやる、ファン向けの交流イベントだよ。どの球団もやるお決まりのやつさ。チームで紅白戦やったり、普段出来ないようなおもしろイベントやったりね。公式ファンサイトでチケットの先行予約が始まるってさ」
そう教えると、みのりんの表情が明るくなった。
「私行くよ! すぐにチケット予約します!」
「おお、決断早いね。ありがとう」
出会ったばかりの頃のみのりんは、地味眼鏡らしく何をするにしても1歩引いた感じで、試合に応援に来るのも、俺の顔色を伺いながら恐る恐るという距離感だったのだが。
今となっては、実は頑固できっちりしている性格だったということも分かるくらい、まあ割りと芯の通っている女の子だったんだなあというのはなんとなくは理解した。
「で? 具体的にファン感ってなにやるのよ」
最初は俺のオフシーズンの予定など微塵も興味がなさそうなギャル美だったが、なんだかんだでそんな風に訊ねてきた。
「具体的になにやるかはあんまり聞いてないけど、普段やってないポジションでの紅白戦と、ムカデ競争みたいのと、かくれんぼとかはやるって聞いた」
「は? かくれんぼ? どゆこと?」
「なんかファン感中に選手がスタンドの中に隠れるんだって。それを見つけたファンにグッズをプレゼントするとか」
「なにそれ。面白いの?」
と、ビールをグビグビしながら、ギャル美は少しじとっとした冷たい表情。
「俺が考えたわけじゃないから、知らん。でも、ファン感の企画チームに宮森ちゃんも入ってるから、参加して楽しかったら褒めてあげて」
「え? 宮森センパイがですか?」
ポニテコウパイがまたゆっさりと揺れた。
「選手広報担当なんだけどね。結構普段からいいアイディアや企画を立てたりする時があるから、球団の色んな仕事に携わっているよ」
そう教えてあげると、ポニテちゃんは少し遠い目をしながら喜ばしいような表情。
「へー、すごいなあ。高校生の時は、ちょっと頼りないセンパイだったのに。……オバケとか苦手で」
ふーん。
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