わりと深く胸にグサリと刺さった

「この度弊社では、新たに野球関連のスポーツ用品事業に参入する運びになりまして!まずはその看板商品としまして、今年大活躍されました新井さんに、是非うちのグラブやバットを試して頂きたくて……」



電話の向こうの関根と名乗ったおじさんはそう話した。



「なるほど。つまりは俺のスポンサーになる的なアレだったりします?」



「それは新井さんが気に入って頂ければの話でして。弊社では夏頃からうちの製品を使って活躍して頂ける広告塔になりうる選手を選定しておりまして……。


いつも全力プレーから滲み出る人柄だったり、チームの勝利への献身的な姿勢だったりを加味しまして、やはり今年のプロ野球では打率4割を打った新井さんの他にはいないだろうという意見でまとまりまして………」




関根のおじさんは、手の平を擦り合わせていそうな口ぶりで、俺のご機嫌を損なわないようなそんな話し方をする。



そんな風にされると少々むず痒い感じだが、なんだか意地悪したくなる気分にもなる。





「まあしかし、俺のじゃなくても……例えば今年首位打者で年間MVP確実なスカイスターズの平柳君とか、埼玉ブルーライトレオンズの、3割4分で打率2位30本塁打の豊田君とかのがスター性という意味では彼らの方がお似合いな気がしますけどね。イケメンですし」





などと、他球団のスター選手を例に上げて、営業部長さんとやらの力量を計る俺。



「何をおっしゃいますか、新井さん! 成績やスター性だけではないんですよ。何より大事なのは、その選手の人柄。今の時代は人間性なんです!そういうスポーツ選手こそが本当に支持されるんです!


新井さんは、ご自身のチームはもちろん、他球団のファンにまで気遣いやファンサービスを行える素晴らしいお方。


それどころか、チームメイトだけでなく、球団のスタッフにまで敬意を払える模範的な選手と聞いております。常に全力、常に相手選手や審判員、試合に関わるスタッフにも常に感謝の気持ちを持てるそんか選手であるあなたに、私達が魂を込めたバットを使って、来シーズンこそは真の4割打者を目指して頂きたく……」



まるで選挙演説を聞いているかのよう。



それが俺個人に対しての絶賛のなる主張だったので、相手はおじさんだが思わず赤面してしまい、もう分かったよう! といった感じでストップをかけてしまった。



正直、ずっと俺にゴマをするような低姿勢だったら、めんどくさいし、スパッと断ろうかと思っていた。


しかし、そこまで俺のことを評価してくれるならば、1度くらいは直接会って話を聞いてみようという気持ちになった。








「それじゃあ、とりあえずはそんな手筈で。はい、群馬での秋キャンプの初日に………。はい、失礼しますー」



俺は最後まで愛想よい新井さんを続けて、心の中で3秒数えて受話器を戻した。


ふう。なかなか緊張したぜ。まさかスポーツ用品メーカーの人から電話がかかってくるなんてな。


野球を頑張ってみるもんだね。



これで上手いことアドバイザリー契約みたいなものを結ぶことが出来れば、グラブやバット、スパイクなんかも提供されることになるわけだ。



1年間で見たらそういう道具の出費は結構かさんでくるからね。




とりあえずは電話当番も終わったので、一息つきながらすっかり温くなったお茶を啜ると、一仕事終えた様子の宮森ちゃんが俺の向かいのデスクに戻ってきた。



「オーナーのビクトリアさん。なんて言ってました? もしかして、高級料理のご馳走とか!?」



「は? 何言ってんの?」



宮森ちゃんのすっとんきょうな言葉は、本当に俺を愛する者の、もはや答えのようなものだった。


それを知って、また俺はさらにがっかり。



「なんだよ、俺を大好きな電話の主って、オーナーのアメリカおばさんのことかよ」



「え、ええ!? 誰がそんなこと言いましたあ?」



慌てて何もない壁に目線を逸らす小娘広報。



嘘はつけないタイプだな。









「そんでさー、普段はバドミントンとかテニスのラケットを作ってる会社なんだけど、是非とも俺に新作のグラブやバットを使って欲しいんだってさ」


「へー、すごいですねえ。アンダーのテニスラケットなら、私も持ってますよ。大学でテニスサークルに入っていたので……」



「あ、そうだったんだ。そん時に彼氏とか出来なかったの?」



「え? どうして突然そんなことを?」



もう暇なのだろうか。ラケットの話になると、椅子から立ち上がって、サーブのシャドースイングをする宮森ちゃんが固まった。



「いや、テニスサークルとかって、なんか陽キャが集まるイメージだから、カップルとかすぐ出来そうじゃん。そこそこカッコいい奴とかいたでしょ?」


「そ、そりゃ、少しは………。確かに何人かの友達はサークル内で恋愛してたりありましたけど……」




「なに? 宮森ちゃんって、学生時代あんまりモテなかったの?」




「あー、あー!モテませんでしたよー!どうせ、こんな貧相な体ですからねー!」



彼女は少しやけになった様子で悶えるように頭を抱える。



そんな彼女に俺は言った。



「大丈夫。宮森ちゃんはいつも一生懸命だし、仕事熱心だし。いつか君を好きになってくれる男性が現れるよ。大切なのは、その時に君が自分の気持ちを素直に出来るかどうかだ」




「新井さんって、突然キモいこと言ったりしますよね」




「は?」

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