終わってしまった

「守谷は背中にデッドボールを受けましたが……今立ち上がってトレーナーと言葉を交わしながら1塁へ向かっていきます」


「まあ、ちょうど背中の真ん中なんでね。ボールの勢いをまともに受けてしまうのですごく痛いですよ。一瞬、この世の終わりすら予感するん瞬間なんですよ。あのコースにボールが来ますとね」



「なるほど。さあ守谷がデッドボールという形になりましてランナーが貯まります………2アウト1、2塁となりまして、打順が9番ピッチャーというところです。当然代打が起用されると思いますが……ビクトリーズの残っている野手は………。あっ、萩山監督が出て来ました。球審に代打を告げます」






「北関東ビクトリーズ、選手の交代をお知らせします。バッター、岸田に代わりまして………浜出。ピンチヒッターは浜出」




おお、ベンチ裏から呼ばれたのは俺と同じルーキーの浜出君!


まあ、川田ちゃんも高田さんも杉井も使っているから、彼か2軍から上がったばかりなキャッチャーの北野しかいない状況だが。



しかし、1点差でランナーは2人。共に比較的足の速いランナーだ。


ホームランでなくても、外野の間を破るような当たりが出れば一気にサヨナラもある。


浜出君。一振りで決めてしまえ!








カアアンッ!!



狙い澄ました一撃というのは、時にその場の空気を支配するもので、相手が30セーブ以上挙げている守護神でも、それは関係ない。


実績十分。球界を代表するリリーフと去年まで高校生だったいがぐり頭の19歳の対決。


初球の真ん中低め。糸を引くようなノビある真っ直ぐに張っていたのか、左打席に入った浜出君はスパーンと掬い上げるように打ち返した。



打球は若干差し込まれ気味になりながらも、左中間へ飛ぶ。


見上げると、眩しい照明の中を真っ白な打球が吸い込まれるように飛んでいくのだ。



抜けた! サヨナラだ!



一瞬思考が停止するようなただ見つめるだけのそんな打球だった。


片足がグラウンドにかかって今にも飛び出しそうな気持ちが溢れ返りそうになる瞬間に見えたのは、左中間の真ん中で体が反り返るくらいいっぱいに飛び込んだセンターが打球に滑り込む様。


人工芝に体を打ち付けながら、地面ギリギリに差し出したグラブの中にボールが入っていた。



プレーを追いかけた2塁審判おじさんが右手の拳を突き上げると、まるで時が止まったかのように、スタジアムは一瞬静まり返った。



そして相手ファンがいる一部のスタンドが沸き立つ。



ビクトリーズの今シーズンがそんな風に、ある意味劇的にしんなりと終わった瞬間だった。








東北 003 020 000 5


北関東 101 000 011 4



勝 甘島8勝9敗 負 碧山 7勝15敗


本塁打


東北 金次4号ソロ(5回) ウィーガー25号ソロ(5回)



北関東 阿久津18号ソロ(1回) 守谷3号ソロ(3回) 杉井2号ソロ(8回)



東北が連敗を4で止めた。試合は初回、阿久津の先制ホームランで北関東が先制する。1点を追う東北は3回、島などのタイムリーが飛び出し、逆転に成功。


さらに5回には代わったビクトリーズ千林から、金次とウィーガーに連続ホームランが飛び出しリードを広げた。


自慢のコントロールが冴え渡り、変化球を低めに集め、5回2失点と粘りのピッチングが光った甘島が今シーズン8勝目。最終回を抑えた松尾が33S目を挙げた。


敗れた北関東は投手陣が序盤に試合を作れず、打線も終盤まで粘りを見せたがあと1歩届かなかった。



勝利した東北レッドイーグルス梨谷監督。


「今日は点が欲しいところで打線が頑張ってくれた。先発の甘島も決して調子良くなかったが我慢のピッチングをしてくれた。連敗していたので、最後に勝ててよかった」





勝利投手の甘島



「今日の調子はまずまず。レギュラーシーズン最後の先発だったのでとにかく丁寧にという気持ち。なんとか持ち味は発揮出来たかなと」











「えー、我々ビクトリーズは今シーズン、残念ながら最下位という結果に終わってしまいましたが、選手、スタッフ達は本当によく頑張ってくれました。………ファンの皆様方には常に温かい声援を頂いて……」



試合終了後。東北レッドイーグルスの選手達とそのファン達はスタジアムから引き上げたグラウンド。ビクトリーズサイドの人間しかいない妙な状況。


正直、シーズンが終わってしまったという感覚はあまりなかった。



ピッチャーマウンドの5メートル程前方で、ユニフォームを着たビクトリーズの選手達はズラッと並び、さらにその3メートル程前方に置かれたマイクに萩山監督が立ってスピーチをしている。



まあ、今シーズンの公式戦日程が全て終了したということで、ご挨拶を述べているところだ。



「今シーズンの経験を生かしまして、来シーズンは今年よりもいい成績を残したいと考えております。ファンの皆様方、本当に温かいご声援ありがとうございました!」



萩山監督が最後にそう言って帽子を取り、深々と頭を下げると、スタンドに残ったファンから拍手が起こる。



なんとか試合に勝っていればね、もう少し盛り上がる感じになったんだろうけど。



「続きまして、チームの主将であります、阿久津選手、お願い致します」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る