ビクトリーズはやれるのか、やれるのか、オイッ! 2
「7番、キャッチャー、鶴石」
下位打線の中では1番信頼出来るバッターに回る。
プロ16年目のベテランキャッチャーの鶴石さん。
今シーズンは打率2割3分5厘とやや低調だが、得点圏打率は3割1分と跳ね上がる。
打点50。ホームラン9本と、ランナーがいる場面で迎える怖さは十分にある。
キャッチャーならではの、こういう場面での読み打ちの上手さはさらに際立つところ。
問題はゲッツーコースにさえ打球が飛ばなければ。
ベンチから見守る俺の心境はそんなところだ。
打ったのは1ボール1ストライクからの3球目。
低めにやや甘くきたスライダー。
打ち返された打球がホームベースの前で高く跳ね上がった。
打った鶴石さん。3塁ランナーの赤ちゃん、1塁ランナーの桃ちゃんが一斉に走り出す。
打球は投球が終わった直後のピッチャーの頭の上へ。
ピッチャーが踏ん張りながら、右手のグラブを伸ばすも、掘られてくぼんだ足場にバランスを崩して十分にジャンプ出来ずに打球を捕り逃がす。
慌ててそのボールをショート茂手木がバックアップ。
一瞬、内野安打か!? と、思ったが、鶴石さんの鈍足具合ではそれは叶わずに1塁はアウト。
しかし、その間に3塁ランナーがホームイン。
これで4ー5。1点差。
1塁ランナーも2塁に進んだ。
「オッケイ、オッケイ。鶴石さん」
「ナイス最低限っす。1打点、1打点」
「すまん、甘い球だったのに。打ち損じまった」
ヘルメットを外したベテランの額は汗でびっしょりだった。ベンチに戻りながら、渋い表情で、バックスクリーンに写し出されるリプレイを確認し、首をかしげた。
アウトカウントが1つ増えてしまった。しかし、2点差が1点差になった鶴石さんの1打は決して小さなものではない。次には繋がる。
最終回で1打同点の場面になったのだから。
だからベンチに控えている面々は、帰ってきた鶴石さんに皆、右手を差し出した。
「くっそー。すまん、みんな。ヒットにしなきゃいけないところだったのに」
鶴石さんは皆に労われながらも、そう言ってまた悔しさを露にする。
鶴石さんからしてみれば、恐らくはタイミングがピッタリ合って、センター前ヒットか、その左か右かを破る長打コースになるヒットにしたい一振りだったのだろう。
コースは真ん中やや低め。そこから曲がるスライダーだったが、思った以上の変化に、ボールの上っ面を叩いてしまった。
ピッチャーの意地。これ以上は打たれて堪るかという、相手の若き守護神の意地の1球。
それが今回は鶴石さんのスイングを上回った形だ。
「8番、セカンド、守谷」
9回裏2アウト。1点差、ランナー2塁。
1打同点、間違ってホームランが出れば逆転サヨナラ。シーズン最終戦の土壇場がそんな場面になり、左バッターボックスに背番号22番が入る。
どちらかと言えば、小技が光るタイプのバッターだが、今シーズンはホームランを4本打っている。可能性がないわけではない。
いつもより3割増しでプレッシャーがかかる場面、144試合目にチームが勝つか負けるかの瀬戸際で、守谷ちゃんは左手でユニフォームの胸の辺りをクシャッと掴みながら必死に落ち着こうと努力していた。
「守谷ー、決めろー!!」
「でかいの狙うな、1ヒットでいいぞ、1ヒットで!」
「初球からいけよ、初球からー!」
ベンチの最前列から身を乗り出すようにして、チームメイト達が必死に声を絞り出し、バッターボックスの守谷ちゃんに声援を送っていたら………。
ドゴォ!!
ピッチャーの投げた渾身の144キロストレートが守谷ちゃんの背中に直撃。
バットを投げ捨てて、守谷ちゃんが踞る。
痛そう!イエーイ!
体にドゴォと当たった瞬間、ベンチからトレーナーがスプレー片手に飛び出していったが、守谷ちゃんはすぐに立ち上がり、大丈夫そう。
2アウトランナー1、2塁。逆転のチャンスは広がった。
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