ビクトリーズはやれるのか、やれるのか、オイッ!

「東北レッドイーグルス、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、田中に代わりまして、松尾。背番号1」



試合はいよいよ9回裏。うちの攻撃。2点をリードするレッドイーグルスは、今シーズン32Sを挙げている若い左の守護神がマウンドへ。


150キロに迫るストレートに切れ味抜群のスライダーに、バッターを惑わす質の高いチェンジアップもある。防御率1点台の素晴らしいクローザーピッチャーだ。



悠々とマウンドに上がり、8球の投球練習から、低めにキレのいいボールをバッコンバッコン投げ込んでいる。



そのピッチャーに対して、ネクストのわっかでタイミングを計っているのは、うちの4番5番。どちらも左バッターだ。



分は悪い。




「9回裏、北関東ビクトリーズの攻撃は、4番。ショート、赤月」



背番号9番。うちの4番打者が左バッターボックスに入る。


184センチ。太い腕と太もも、そしてデカイケツ。それをプリプリと振るようにしながら左バッターボックスに入り、2球目のストレートを打った。



ガキッ………。



決して会心の当たりではない、差し込まれた当たり。



しかし、しっかりと振り切った分。打球はジャンプするショートの伸ばしたグラブの向こう側に落ちるヒット。



ノーアウトのランナーが出た。






いいピッチャーを攻略する1番のカギはノーアウトのランナーを出すこと。当然ピッチャーはセットポジションで投げなくてはいけないし、ある程度足の速いランナーなら、盗塁も警戒する必要がある。



赤ちゃんはそれほどビュンビュン盗塁を仕掛けられるタイプではないが、先頭で出塁してくれたことが本当に大きい。





「5番、ファースト、シェパード」



赤ちゃんに続いて左打席には、遠いパスタの国からやってきた3Aリーガー。



長い手足に白いバットを振りかざして、左足をちょいちょいちょいちょいさせながらタイミングを取る。



初球インコースストレートをファウル。



2球目スライダーを見送り1ボール1ストライク



3球目インコースストレートをファウルで1ボール2ストライク。



そして4球目。低めのチェンジアップを豪快に空振りで三振。



1アウトランナー1塁になった。




「ゴメンナサーイ」



日本語はだいぶ上手くなったが、低めのボール球になる変化球をブンブン振り回してしまう癖は直らないようだ。



まあ、下手に当てるだけのバッティングで内野ゴロを打ち、ダブられるよりかはましと言えるか。





「6番、ライト、桃白」




今シーズンのビクトリーズの象徴となったのが、ルーキー3銃士と言われた外野陣。


今打席に立った桃ちゃんもシーズン序盤からライトのポジションを守ってきたその1人だ。






「低めスライダー見送りました、1ボールです。さあ、今日の桃白は3打数1安打。2打席目にセンターへヒットを放っています。追い込まれた状況でしたが、上手く対応したバッティングを見せた1本になりました」



桃ちゃんは、大卒社会人の今年25歳になる選手。俺の3つ年下になるわけだが、やはり社会人出身となると他の大学生や高校生ルーキーとは違って落ち着きがある。



桃ちゃんといえば、ランナーを串刺しにするような強肩に注目されている選手だが、それ以上に、なんというか、野球を分かっているクレバーな選手でもある。


サッカーでいうところの戦術理解度が高い選手。常に状況を考えてプレーするので、今のもったいないとか思うことは少ない。柴ちゃんのようなやらかしもない。



守備も走塁も、非常に安心して見ていられる。



今シーズンは打率2割5分前半。ホームランも6本といわば並みの数字だが、その数字が現れないところでのチームへの貢献度は高い。



桃ちゃんのところに打球が飛べば、相手チームのランナーは進塁を躊躇うし、自分がアウトになってもランナー進めるバッティングを積極的に行う。


社会人選手らしい、より勝ちにこだわるプレーが出来るのも彼の特徴だ。



「ピッチャー松尾、投げました!」




バキィ!









桃ちゃんが思い切り振り切ったバットにボールはどん詰まり見事にへし折られて真っ二つ。


1塁側のファウルグラウンドの方へと、へし折れたバットの先が転がる。



しかし、打球の方は1塁ベースの上空へ。


牽制球に備えてベースに着いていたファーストの選手が打球を見上げタイミングを計りながらジャンプ。左手に着けた茶色のファーストミットを真上に伸ばす。





ボト………。




打球は懸命にジャンプしたファーストの選手の向こう側に落ち、1塁審判おじさんがフェアグラウンドを指差した。



その瞬間、うわあっ! やっふー!とビクトリーズベンチが沸く。



グラウンドでは打球が落ちるのを見た1塁ランナーの赤ちゃんが猛然とダッシュ。


3塁コーチおじさんが右腕をぐるぐる回して赤ちゃんを呼び込む。



2塁ベースを回った赤ちゃんは腕を大きく振るダイナミックなフォームで3塁へ向かう。頭を下に向け、歯を食い縛る。



ライトから矢のような返球がきたが、少しだけ逸れた分、タッチには至らずに赤ちゃんは無事3塁にたどり着いた。



激しめに勢い余ったスライディングの後に、ずれたヘルメットを直しながら赤ちゃんがふーっと肩で息をする。



1アウト1、3塁。



こういうヒットが出るならば、まだまだ試合は分からないぞ。

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