グリグリ眼鏡の同級生

「さあ、宮森ちゃんは広報のお仕事頑張って。コピー機の用紙はこのまま補充しておく」



「は、はあ……」



俺はなんとか怪しい雰囲気をごまかそうと終始ニコニコして、ベンチ裏に宮森ちゃんを見送った。



俺は俺で宣言通り、取材エリアの近くのラックに置かれたプリンターに用紙を補充する。


宮森ちゃんや後数人の広報担当の人間が、タブレットなどの端末から送信されたデータを受け取っている機械だ。



俺は初めて見るタイプの機械だが、まあなんとかなるだろうと色々いじり始めたが、上手く用紙が入らない。



「そうじゃないッス。最初に2つのツメを曲げないと紙は入らないッスよ」



近くにいた女性記者がそう教えてくれた。



「あら、そうなの? ………ほんとだ。ありがとう」



どうやっても用紙が入らなかったのだが、左右に2つついた青いツメをグイッとやらなければスルッと用紙が入らない仕組みのようだ。


1つまた賢くなりました。



「用紙を入れたら終わりじゃないッス。パネルの再受信ボタンを押さないとダメッスよ」



「あら、そうなの?」



女性記者に言われるままにパネルのボタンを押すと、プリンターがウインウインと動き出し、今しがた補充した用紙を吸い込み始め、文字を印刷し、用紙を吐き出し始めた。






「いやー、勉強になりましたよ。どうもサンキュー」



「いえいえ、御安い御用ッス。ところで新井選手、少しお訊ねしてもよろしいッスか?」



「………って……。週間東日本リーグの大本さんじゃないの」



「覚えていてくれて光栄ッス。いつもお世話になってるッス」



東日本リーグを中心に扱う野球雑誌のビクトリーズ担当の記者。野球担当なのに女性というだけで少し珍しいのだが、彼女とは実は中学時代の同級生という間柄である。



しかし、何ヵ月か前に13年ぶりくらいに、このビクトリーズスタジアムで、選手と記者としてバッタリ出くわしたのだが。



まあ、それだけ。



同じクラスになったのは1回だけだったし、特別仲がよかったわけでもない。


これまで、球場入りした時に他の記者と一緒におざっすー! と挨拶したり、何回もインタビューやら取材やらを大本さんに受けたりしたが。



特別再会を喜んだり、懐かしんだりすることはない。



向こうがその気から、ウィー!久しぶりー! くらいのテンションは持ち合わせていたのだが、彼女も俺を覚えてはいるだろうが、そういう素振りを見せてはこないので、それ以上踏み込むこともない。



そんな状況だ。





「新井くん、私のこと覚えているッスか? 中学で1回同じクラスになったッスよね?」




と、思ったら、このタイミングで向こうから踏み込んできた。








「もちろん覚えてるよ。2年の時だよね。ソフトボール部の顧問だった薄井先生のクラスでさ。もっと早くそう言ってくれてもよかったのに」



「ちょっと恥ずかしかったッス。新井くんが言ってくれるのを待っていったッスよ。同級生がプロ野球選手なんて不思議な気持ちッス」



「あら。そうでしたの」



「へい」


そんな風に恥ずかしがりながら、彼女はグリグリ眼鏡の下で少しだけ頬を赤くした。



でも、俺から言うのを待ってたんだ。そう思うと、ちょっと申し訳ない気持ちにもなってきた。



「大本さんは雑誌記者になってどのくらいなの?」



「もう7年になるッス。短大を出てすぐに今の会社に入れて、初めは4コマ漫画の雑誌を担当していたんスけど。どうしても、スポーツの方を……特に野球の記事を描きたかったんス。……野球ずっと好きだったッスから」



「そうだったんだ。君がそんなに野球好きだったなんて知らなかったよ」



「新井くんに負けず劣らずに大好きッスよ。北関東ビクトリーズが出来ると聞いて、これは自分の転機。運命の分かれ道だと思ったッス。本社まで直談判しにいって、何時間も頭を下げ続けたッス!」



大本さんは自慢げにむふーっと鼻息を荒くして胸を張る。



まあ、いいとこBカップというところでしょうかね。






「8回表、東北レッドイーグルスはランナーを2人出しましたが、得点には至らず、5ー2。イーグルスが3点リードしたまま、試合は8回裏ビクトリーズの攻撃に移ります。



そして、8回裏イーグルスのマウンドには……失礼、アナウンスがある模様です」




「東北レッドイーグルス、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、松谷に代わりまして……猪狩。ピッチャーは猪狩。背番号23!」





「おっと、7回を3者凡退に抑えました松谷に代わって、マウンドには猪狩が上がります。背番号23の猪狩健太郎です。今ピッチングコーチからボールを受け取りましてピッチング練習を開始します。



猪狩は東北高校から独立リーグの徳島スターズに入団しまして、ドラフト9位でイーグルスに指名されました。今年で28歳です。プロ5年間で主に中継ぎを中心としまして74試合に登板。2勝4敗12ホールド1セーブ。防御率3、95という通算成績が残っていますね、大谷さん」




「それほどね、ストレートが速いタイプではないんですが、まあコントロールはいいですねえ。上背もありますから、実際の数字よりは球が速く見えるタイプですねえ」



「その猪狩に対しまして、ビクトリーズの攻撃は9番から。ピッチャー小野里に打順が回るところですが、代打が起用されますね」




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