サプライズしようとする新井さん
俺のヒットから2アウト2、3塁というチャンスを作るも、6番桃ちゃんの打球がライナーでセカンドのクラブに収まり、スタジアムは大きなため息。試合は7回表のレッドイーグルスの攻撃に移る。
代走を出された俺の今日は終了みたいなものでして。あと出来ることと言えば、ベンチでチームメイト達を応援するくらい。
すなわち俺の今シーズンは終わったということ。
というのはグラウンドの中にだけのお話で、最後に1つ重大なミッションが俺にはあった。
そのミッションを完遂するため、俺はベンチに蔓延るコーチ陣達の目を盗んで、こっそりクラブハウスに戻る。
そして、昨日駅ビルのショップで購入したバッグの入ったツヤツヤした紙袋を手に、スタジアムに戻って、今度は職員事務所へ。
球団職員が使用している事務所兼休憩室。紙袋を抱えた俺はその事務所を偵察する。試合は後半戦に入るというところで、職員達は皆出払っているようで好都合。
抜き足差し足忍び足で、事務所内に侵入し、1番手前角のデスクへ。
宮森ちゃんのデスクだ。資料や辞書などの書物がラックの中できれいに整頓されている。それだけで彼女の几帳面な性格が見てとれた。
おやつなのだろうか。恐ればせながらといった感じで、赤い水筒と紙に包まれた数種類の小さなチョコレート菓子が、仕事用デスクの端に置かれている。
親会社である、ビクトリアグループのチョコレート菓子だ。
そして椅子の背もたれには、きっちり折り畳まれた茶色のブランケットが掛けられている。
今日はシーズン最終戦であるが、同時に宮森ちゃんの23回目の誕生日でもある。
大学卒業後に、対して野球に興味もないところから、北関東ビクトリーズというチームに入り、日頃から広報業務を頑張っている彼女には、1選手として以上に、お世話になっているからね。
遠征先にも同行するし、球場入りしてから、選手達が帰りのバスや新幹線に乗るまで、広報以外の仕事も率先してこなして、いつもチームのために頑張ってくれている。
彼女なくしてビクトリーズはない。
普段から接している選手やチームスタッフからすればそれは決して言い過ぎでないことはよく分かる。
こうしてプレゼントを用意しているのはきっと俺だけではないだろうが、日頃の感謝感激雨あられな気持ちがあるからこそだ。
みんな仕事中とはいえ、誰かが不意に事務所へ戻ってくるかもしれない。
さっさとミッションを完遂させよう。
しかし、デスクの上に置いたのでは他の職員にバレてしまう。
デスクの下、引いた椅子の奥に置いておくことにしよう。
俺は彼女のデスクの前で屈んで、バッグの入った紙袋をデスクの下へと潜り込ませた。
ふう。
これでよしっと。
「新井さん? 何をしているんですか?」
「ぴああぁっーー!!?」
背後から宮森ちゃんの声がして、俺は飛び上がるようにして驚いた。
天井に頭をぶつけた。そのくらい驚いた。
「ど、ど、どどど、どうしたの!?」
ベッドに座ってエロ漫画を広げながら自慰行為にふけっていたら、突然母親が部屋に入ってきて、慌てて掛け布団をかぶってごまかしたが、明らかに不自然。
そんな記憶が甦った。
「どうしたの? って、コピー用紙が切れてしまったので取りにきたんですが……新井さんはここで何を?」
宮森ちゃんが少し疑念に入り混じった困惑した視線を俺に向ける。
「べ、別に何もしてませんよー?」
俺は平然とそう返したつもりだが、宮森ちゃんは俺が何かしたんじゃないかと、デスクの周りを調べ始める。
「新井さんが何か盗んだりするとは思えませんが………。また前みたいに私のブランケットの匂いを嗅いだり………。まさか、水筒に口をつけたりしてませんよね?」
「さすがにそこまではしません。君の思い違いです」
宮森ちゃんがわりとマジでそう疑ってきたので、俺は余裕の切り返しをする方面に心を切り替えた。
「そんなことで満足出来るかよ。それなら初めからキミの唇を奪って見せるさ」
「キモいですね」
宮森ちゃんはソッコー拒絶だった。
照れちゃって、照れちゃっって。お年頃の子は大変ですわよ。
「今の時間は選手の談話取りとか、メディア向けの広報業務とかやる時間じゃん。またタイムスケジュール通りにいかないと、広報部長に怒られるよ」
日頃から隙あらば宮森ちゃんのおパンツの色を探ろうとする俺も、なんとなく広報である彼女の仕事の流れというのを熟知してきた。
試合が終わりに近づくこの時間帯は、活躍があった選手のコメントを聞きにいったり、それを記者や放送席向けに伝達したり、ヒーローインタビューの準備をしたりといろいろ忙しい時間帯だ。
トイレに行く暇もないと、構ってもらおう絡む俺をいつも邪険に扱うくらいせかせかとベンチ裏を走り回っているのに。
どうしてこう、サプライズを仕込んだ時に限って事務所に来たりするんだよ。
俺の心情はそんな感じだ。
「まあ、新井さんが交代しましたからその分の仕事は減りますから大丈夫ですよ。印刷機の用紙が切れてしまったので、今のうちに思いましてね」
宮森ちゃんがそう答えたので、後輩社員のように機敏に動く。
広報部長のおじさんのデスクの裏のラックから、A4サイズの用紙が200枚詰まった包みをよっこらしょと持ち上げる。
「よーし、これだね。さあ、早く仕事に戻りましょう!」
「新井さん、何か隠してます?」
「いや?別に?」
俺は不思議がる宮森ちゃんの背中を押して事務所を出た。
目の前でプレゼントがバレるのはめちゃくちゃ恥ずかしいからね。
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