バントを空振る新井さん
チラッとバックスクリーンに目を移すと、その打率がついつい目に入ってしまう。
その度に、いかん、いかん。集中しなくてはと思い直すのが案外いいルーティーンになっているのかもしれない。どんな状況でも1度は同じ思考を辿ってフラットになっていくことが。
まあいそんなことはどうでもよく、問題はノーアウトランナー1塁で、今どんなバッティングをするかという話だが。
3塁コーチおじさんのサインを見る限り、俺は送りバントの構えをするしかないらしい。
自由に打たせてくれてもいいじゃないのよ!
こっちは打率4割あるのよ!普通に打たせなさいよ!
俺は心の中でそう首脳陣に反発しながら、渋々足並みを横に揃えて送りバントの構えをする。
すると、相手の3塁手がスルスルと前進してきてバント警戒体勢。
ピッチャーが2度牽制球を放る間も、俺はしかめっ面でバッターボックスに立っていた。
そして3回目のセットポジション。
ようやくマウンド上の左ピッチャーが俺に第1球を投じた。
真ん中からインコースよりのボール。そこからさらに俺の体に向かってグイッと食い込んでくるスライダー。
慎重にバットを当てにいったが……。
スカッ……。
空振った。
バントで空振り。
しかし、柴ちゃんが2塁へスタートを切っていた。
投球を捕球した相手キャッチャーが素早くボールを持ち替えて2塁へ送球。球界屈指の強肩キャッチャーから低く鋭いボールが2塁へ向かっていくが、僅かに3塁方向へとそれた。
ほんの少し、1メートルはないくらい。
ベースカバーに入ったショートの平柳君が一瞬スピードを緩めて、左腕を伸ばしてキャッチャーからのボールをキャッチ。
柴ちゃんが足から滑り込む。
ショートの平柳君がぐるっと体の反対側に腕を回してタッチ。
ババシッ!!
みたいなきわどいタイミング。
しかし次の瞬間、平柳君のグラブからボールがポロリとこぼれた。
「あああっ!! すみません!」
平柳君が自分のグラブを右手で叩くようにして悔しがりながら落ちたボールを拾い上げ、それを両手でこねこねしながらピッチャーのところにいって詫びを入れていた。
その横で命拾いしたような顔をする柴ちゃんがほっと一息ついていた。
「………」
「………」
平柳君はピッチャーにボールを返し、少し荒れた2塁ベースの土をならすと、すぐにショートのポジションへと戻っていく。
あら。平柳君は柴ちゃんと特に何も話したりしないのね。
俺が2塁ベースに行ったら、間髪入れずおケツを触ってくるのに。
俺はそんなことも考えたりしていた。
「いやー、柴崎の2塁盗塁は非常にきわどいタイミングになりましたが、平柳のグラブからボールがこぼれてしまいました。柴崎は今シーズン23個目の盗塁成功です」
「ちょっとキャッチャーからの送球がベースの左側にいってしまいましたよねえ。その分タッチが遅れてグラブを蹴られて開いてしまった形ですねえ。タイミングはきわどいところだったので、スカイスターズとしては悔しいですねえ」
「なるほど。ノーアウトランナー2塁と得点圏にランナーを進めまして打席に、現在打率が4割8厘の新井という形を作りましたビクトリーズです」
「まあ、このバッターはなんでも出来ますから、いやですねえ」
バッターがバントの構えをしてそこから引いて盗塁をアシストしようという、まるで学童野球のような作戦。
試合前のミーティングでも、萩山監督から今日は絶対に胴上げはさせん! どんどんこっちから動いていくぞ!
とは言っていたけど。
まあ、こんな奇策的なことをやって成功させていかないと勝負にならない戦力差だからね。反対ではないけど。
「ストライーク!」
インコースいっぱいのストレートがストライクで、バックスクリーンを見るとストライクの黄色ランプが2つ点いている。
あっという間にツーストライク。簡単に三振したらいかんぞ。柴ちゃんの盗塁が無意味になってしまう。
なんとしてでも、柴ちゃんを3塁に進めるバッティングをしないと。1アウト3塁という形で阿久津さんに繋ぎたい。
そこからの俺は必死だった。いつも短く持つバットをさらに短くして、左足の上げ幅も小さくして、構えもコンパクトにして、スイングもコンパクトにして、ピッチャーの投げるボールに集中して食らいつくというよりかは、しがみつくような気持ちで。
3球目。インコースストレートファウル。
4球目。高めストレートファウル。
5球目。低めストレートファウル。
6球目。高めストレートを見逃してボール。
7球目。アウトコースストレート打ち損じてファウル。
8球目インコースストレート見逃してボール。
9球目インコース低めカス当たりファウル。
ここまで全てストレート。1点勝負のストレート。俺が変化球専門のバッターだというのはもちろん分かっているでしょうし、これが1打席目。
速いボールの力押しで終わらせたいという気持ちなのは向こうのバッテリー。
そして10球目もストレートだった。それもまさかのど真ん中。
バキィ!
逆に難しいスイングにいった俺のバットが盛大に真っ二つに折られた。
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