新井さん、その声出しはないです。
「続きまして後攻の東京スカイスターズのスターティングメンバーを発表致します!」
なんだか1段テンションの上がったウグイス嬢ボイスに煽られるようにして、もう1点入ったみたいな大歓声がドーム内にこだまする。
「1番、ショート、平柳!ショート平柳。背番号1!」
「「オオーッ、オイッ!! ヒラヤナギイ!!」
「2番、センター、佐藤! 背番号31!!」
「「オオーッ、オイッ!! サ・ト・オゥ!!」」
まるで俺達を圧倒しようとする物凄い大歓声。ベンチ前で素振りをしていても、側に寄らないと会話も出来ないくらい。耳を塞ぎたいくらいの大歓声。
それもそのはず、なんせスカイスターズは残り2試合でマジック1。今日うちに勝った瞬間に3年連続のリーグ優勝なのだから。
普段ですら常に満員なのに、今日はまた全然雰囲気が違う。もう当日分のチケットなどなくなってしまったと聞いた。立ち見の分すらもなし。
水道橋ドームのすぐ外では、トラックの荷台に大きなビジョンを着けたのを停めて、いくつもの場所でパブリックビューイングもやっているみたい。
このムードになんとなくプレーさせられたらうちに勝ち目はない。
今日は相当タフな試合になるから、気合いを入れていかないとね。
「円陣組むぞ!!今日は新井、声出し頼む!!」
「おっす!任せとけい!」
いよいよ試合開始まであと少し。
キャプテンの阿久津さんに頼まれて俺は円陣の前に出た。今日は朝起きた時から多分俺だろうなと予感していた。
野手陣と控え投手がズラッとベンチ前を取り囲む。さらにベンチの中には、萩山監督、滝原ヘッドコーチなど首脳陣がいて、他にもトレーニングコーチやスコアラーやトレーナーなど、残り少ないシーズンだ。ここぞとばかりにみんな集まってきている。
そういう状況の中、俺は円陣の真ん中で堂々とグラウンドに踏み出す階段に右足を掛ける。
そんな俺が帽子を外しながら目線を上げると、球場内の雰囲気に戸惑う選手が半分、俺が声出しに選ばれて、ニヤケ顔の選手が半分そんな感じだ。
俺は意を決してお腹に力を込めて大声を張り上げる。
「相手は勝てば優勝だ。だがそんなもんは関係ねえ。うちがダントツの最下位だ? そんなもんは関係ねえ。とにかく勝つ!死にもの狂いで勝つ!なにがなんでも勝つ!!
てめえのプレーで4万の敵チームを黙らせろ! 今日やらかした奴は走って宇都宮まで帰れ!! 負けたら酒禁止!! 無論、オナニーも禁止!! いくぞ! レッツ、夢のオナニー!!」
「「「おおっし!!」」」
この試合、相手の勢い、雰囲気。敵ファンの歓声に少しでも飲まれたら負け。
今シーズン11勝を挙げている相手の先発ピッチャー、田所がマウンドに上がり、投球練習をしているのをネクストから見ていてそう感じた。
いつも通りやったら、7割8割負けるくらいの実力差があるのに、いつも通り以下の力しか発揮出来なかったら、0ー10とかそんなスコアで大敗してしまう。
そのくらいうちにとってはきつい状況。
まさに今マウンド上にいるピッチャーも、普段は冷静に淡々と投げるタイプなのだが、投球練習からして、気合いが入りまくり。
今日は本当に行けるところまでのフルパワーピッチングをしようとしている雰囲気だった。
だから、初回先頭打者の柴ちゃんがそんな試合の初球をスイング出来たことはわりと大きかった。
1番打者の姿勢には、わりとチームの意志が反映されるもの。
大事に大事に。きっちりと相手ピッチャーの球筋を確認して………。なんて悠長にボールを選んで追い込まれたりしたら自分のバッティングをするのは難しいはずだった。
「柴崎初球を打ちました! ピッチャーの頭を越えた!………高いバウンド、セカンド吉山がバックアップ!打球を掴んで……あっ、握り直しました!1塁には投げられません! 記録は内野安打です!」
「2番、レフト、新井」
柴ちゃんやるじゃないか。
カツーン打ち返すクリーンヒットよりも、若干打ち損じ。飛んだコースと跳ね方。そして俊足が存分に生きた内野安打というのがまたナイスなところだ。
俺はより一層やる気に満ちて打席に向かう。
最近のプロ野球はよりデータ野球になった影響からか、バックスクリーンには今対戦しているピッチャーとバッターの成績が細かにズラリと顔写真付きで表示されている。
ピッチャーなら、現在の球数、被安打数、与四死球数、失点、防御率、打者との対戦成績など。球場によっては、ピッチャーの指標を表すWHIPなども表示するところもあるくらい。
相手ピッチャーの、むっとした真面目な写真の横で、VSを挟んでニコッと笑った俺の顔。春先、1軍に上がったばかりの時にビクトリーズスタジアムの会議室のホワイトボードを背にして、宮森ちゃんに撮ってもらっものだ。いかにも素人が撮りましたみたいなちゃちぃやつ。
そこ横に、今シーズンの打率、本塁打、打点、盗塁、四死球数、出塁率、OPS、今日の成績、出身地、経歴が表示されている。
何より輝かしいのは俺の打率。
.408(340ー139)
奇跡の打率だ。一体こんなことになるなんて誰が予想出来ただろうか。
もちろん俺にも出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます