宮森ちゃんも成長している!

ビジターチームは、試合が終わると特に負けた後なんかは片付けや最低限の体のケアが終わると、ユニフォーム姿のままさっさとホテルのバスに乗り込むのが通例であり、インタビューや取材もちゃっちゃっと終わらせるもの。


それでも、負けチームの選手に取材をしたいというメディアがいるならば、なるべくは愛想よくやり取りはしていかないとね。


そんな風に考えながら、グリグリ眼鏡記者の他にいた男性記者の質問に1つずつ答え、俺の試合後談話タイムは終了となった。



「新井選手、ありがとうございました」


「ええ、どうも。お疲れ様」


2人いた男性記者達は、取材が終わると踵を返すようにさっさと居なくなったが、グリグリ眼鏡記者は深々と俺に頭を下げた。



「新井さーん! 他の皆さんはバスに向かいましたよー! 急いで下さーい!」


取材エリアからロッカールームに続く通路に向かうと、俺の荷物を持った宮森ちゃんが呼んでいる。


細い体で俺の大きなセカバンとリュックを背負って、急かすようにグラブとバットを持つ俺の前を歩いていく。



俺が取材を受けている間に、誰もいなくなったロッカールームに入って、ホテルに持っていく俺の荷物をまとめておいてくれたようだ。



なかなか最近気が利くようになってきている。






3塁側ベンチから真っ白な通路を歩いて地下にしばらく下った駐車場。


そこには大型のバスが待機しており、他の選手は皆バスに乗り込んで話をしたり、飲み物を飲んだり、スマホをいじったりして出発するのを待っていた。



俺もバスの側面室に荷物をぶちこんで、車内に入り真ん中より少し後ろの席、柴ちゃんの隣に腰を下ろす。


バスの中の座る位置もだいたい決まっていて、チームの主力選手から好きなところに座っていくのが通例だ。


学校の遠足の時みたいに、黒板に座席表を書いたりはしないが、うちで言えば阿久津さんや鶴石さん、中継ぎピッチャーの奥田さん辺りが1番後ろの席に陣取っている。


その1列前。キャッチャーの鶴石さんの前はその日の先発ピッチャーが座る席と決められていて、その横は抑えのキッシー。


さらにその前はピッチャー陣がまとまって座っていて、だいたい真ん中辺りに、俺や柴ちゃん、桃ちゃん、浜出君のルーキー4人が仲良く座ってゲラゲラしている。


監督やヘッドコーチは前めに座っていて、その後ろを各コーチ陣が囲んでいる。


そしてドライバーのすぐ後ろの席は、チームの引率係。はじめの頃は、なんとか部長みたいなおじさんがいたが、最近は広報の宮森ちゃんがその役を任されている。







選手として最後となった俺がバスに乗り込んで5分程。グラコン姿のヘッドコーチと萩山監督が現れて、宮森ちゃんが座席から立つ。


「皆さーん!揃いましたかー? 居ない人は手を挙げて下さいねー!」



ツッコミが欲しいのかただの天然なのか、彼女の変わらぬ、いつもの点呼文言を聞いて、バスは走り出す。


駐車場を出て、水道橋ドームをぐるりと回る格好で目白通り方面へと向かう。


チームで宿泊するホテルはよほどのことがない限り変更することはなく、シーズン日程が確定した時点で、シーズンが始まる直前に1年分の予約を入れる。


まあチーム予算の都合上、高級ホテルに泊まれるわけではないが、俺としてはそこそこ飯が美味くて、サウナがついていて、風呂上がりにいちご牛乳が飲めればそれでいい。


ビンのコーラオンリーの自販機があれば万々歳だ。



ホテルの部屋は諸々の事情で2人で1部屋を使い、だいたい人数的に、遠征中はホテルの1フロアを貸しきる形になる。



だけど、Bクラスを連想させる4F5F6Fは予約しないとか、試合をする球場が見えないホテルに泊まるとか、相手チームに似た名前のホテルや地名は避けるとか色々あったりする。


だからどこに行っても、球場から車で10分15分くらいの7Fのツインルームに柴ちゃんとおねんねするのが俺のビジター日常だ。









「ただいまより、東京スカイスターズ対北関東ビクトリーズの試合開始に先立ちまして、両チームのスターティングメンバー、及び本日の審判団をご紹介致します。………まずは先攻の北関東ビクトリーズ。………1番、センター、柴崎。背番号56」



「シ・バ・サキ! シ・バ・サキ!シ・バ・サキ!」




「2番、レフト、新井。背番号64」



「ア・ラ・イ!ア・ラ・イ!ア・ラ・イ!」




「3番、サード、阿久津。背番号5」



「ア・ク・ツ!ア・ク・ツ!ア・ク・ツ!」



水道橋ドームのウグイス嬢に名前を読み上げられると、バックスクリーンの空白になっているスタメン表がクルリとひっくり返る演出でポジションナンバーと名前、背番号が現れ、さらにその横に打率・本塁打・打点が表示される。



スタンドではもちろんのドアウェー状態。


僅か2000人余りのビクトリーズファンが他4万人に上るオレンジ色の敵軍勢に取り囲まれているのだ。


しかし、そんな状況の中でも、ビクトリーズの選手1人1人が読み上げられる度に、大太鼓が鳴り、真っピンクの応援旗が振られ、ピッタリ揃った声援で選手の名前を3度コールしている。



チームと同じ、発足1年目である応援団から発せられる声援がドーム内にしっかりと響き渡り、俺達の耳まで確かに届くのだ。

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