先制する新井さん
バットを折られた時って、ボールがそのまま真後ろにいったかのように、打ち返した手応えがなく手に痛みが残る時が多いが、この時は1塁方向へおっつけた感覚だけが残った。
折れたバットの先がピッチャーの足元に転がり、打球は1塁線の上へ。それがまたいやらしい上がり方をする。まるで本当に何かに愛されているとしか思えないコースと詰まり具合が炸裂するのだ。
つまりは、懸命に体をいっぱいに伸ばしてジャンプする相手1塁手の向こう側に俺の打球はポトリと落ちた。
「打球がファーストの頭上、 ジャンプする! 届かない!ファウ………いや、フェアです! フェア! 2塁ランナー柴崎が3塁を回ってきている! ボールはセカンドが掴みますがバックホーム出来ません!ホームイーン!!先制点がビクトリーズに入ります!!」
打球はまるで計ったようにファーストもセカンドもノーバウンドでは捕れない絶妙な場所に落ちた。
もとはバットを折られるくらいの打ち損じた打球。
1塁ベース裏のファウルグラウンドをボールが転々とする間に2塁から柴ちゃんがホームイン。
もっとカツーンと打たれた方が、相手チームはまだマシだったかもしれない。
こんなムード。こんな試合の先制点がビクトリーズに入ってしまった。
「1回ウラ、東京スカイスターズの攻撃は……1番、ショート、平柳」
1点を先制したうちの守り。
マウンドにはドラフト1位ルーキーの連城君。今シーズンはここまで8勝15敗。成績的には大きく負け越しているものの、登板を重ねる度になんとなくピッチングがよくなってきている。
基本的には150キロのストレートで押しながら、スライダーとフォークボールで三振を狙っていく本格的なスタイルだが、鶴石さんのリードに応えながら、緩いボールを使ったりと少しずつピッチングに余裕が出て来ている。
さっき、試合前に話をした時も、今日はまかして下さいよー! とニコニコしながらブルペンに向かっていったのでだいぶ調子はよさそう。
もう今日が30試合目の先発登板だが、下位チーム特有のシーズン終わりの若手お試しローテーションのおかげで中6日の準備万端な先発マウンド。
今日は独特な緊張感でのマウンドになっているが、向こうの先頭打者である平柳君の膝元に150キロのストレートを投げ込んでみせた。
優勝がかかる相手チームのスター選手のインコースを遠慮なくストレートでえぐっていく。
3球で1ボール2ストライクとすると、4球目は真ん中から左バッターのインコースへグイッと曲がるスライダー。
低めのボールになんとかバットに当てる格好で打ち上げ、その打球が俺の頭上へ。
いい当たりだったが、定位置で難なくキャッチした。
「アウトコースストレート空振り三振!! 最後は148キロストレート、1アウトです。2番佐藤から、連城は今日3つ目の三振を奪いました。いよいよエンジンがかかってきたでしょうか」
「スカイスターズも2巡目に入って、バッテリーは少し多目に変化球を使い始めましたね。この辺りの配球をする鶴石はさすがですね」
「打席には3番の斉藤が入ります。昨日2安打。今日の1打席目はセカンドゴロでした」
「ストレートを4球続けて押し込んでいったんですよね」
「ええ、最後は詰まらされた形になりました。初球ストレート外れて1ボール。現在斉藤は打率2割8分ですが、ここ5試合では………打ちました!
ライトへ上がりました、ライト線きわどいところだ! 桃白が突っ込んでくる! スライディングキャッチー! 捕りました! これはナイスプレー、連城を救います!! これで2アウト!」
「今のはライトの桃白君がいいプレーしましたねえ。1歩目が早かったですよ」
「なるほど。………打席には4番の村尾ですが………初球、変化球を打ちましたが……高く上がりました。内野フライです。
2塁ベース右でセカンド守谷が掴みまして3アウトチェンジ。4回ウラ、いまだスカイスターズは無得点。1ー0。ビクトリーズが1点リードです」
試合が始まる前、始まった瞬間はものすごいものだった。まるで優勝の前祝い。ドームに駆け付けたスカイスターズファンの誰もが優勝を確信して座席に座っている。
そんな感じだった。
パンパンに膨らんだ風船から少しずつ空気が抜けていって萎んでしまったような形。やはり今のビクトリーズは少し手強いと、多くの観客が試合をじっと見入る形になってきていた。
水を差されたように取られた俺のタイムリーによる失点。うちの先発である連城君の思い切りのよいピッチング。
凡打を重ねるスカイスターズ打線。後攻めスコアに1つずつ0が並ぶ度に、水道橋ドームの空気がまだ徐々に切迫していく。
そんな風に感じられた。
「これも打ち上げました! レフトフライです! ほぼ定位置で新井が構えまして、捕りました。3アウトチェンジです。………んー、この回もスカイスターズに得点ありません。5回を終わって1ー0。依然ビクトリーズがリードしています」
本当に4万人の観客がいるのかと錯覚するくらいの妙な静けさの中、俺はフライのボールをキャッチした。
落とせ! とか。
やれ! とか。
こけろ!とか。
そんなヤジすらも聞こえない。
スカイスターズファンがただ呆然と、また打ち取られた打球をただただ見つめているだけ。
すごく特殊な状況だった。
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