平柳君の目がなんだかいやらしい

俺は2塁の審判おじさんにタイムを要求し、そのおじさんが両手を上げるのをみて2塁ベース上を離れてその場にしゃがみ込む。


スパイクに入った土を取るフリをして右足のスパイクを脱ぐ。


おケツの土をポンポンとはたいて落とし、審判おじさんにお礼を言って、俺は2塁ベース上に戻った。


2塁ベース上はグラウンド全体を見渡せる。



すぐ側で俺がスライディングして荒れたアンツーカーを足でならす2塁手。


新しいボールを受け取り、その感触を確かめながらロージンを手に取るピッチャー。そのピッチャーに何か伝えようとするキャッチャー。


うちのベンチに目をやる3塁手。バックスクリーンのリプレイに目をやる1塁手。


守備位置の確認をする外野手3人。



そして、俺の背後に回り、自然に俺の可愛いおケツを触る平柳君。



さらに彼はさわさわしながらにやりとして口を開く。


「今のは狙って打ったんですか?」



「いーや。1、2、3でタイミング合わせただけだよ」


「マジすか……。でも、高めのストレートでしたよね? 最近は速いボールにも振り負けないですね」



「まあ、ストレート系でグイグイ来るだろうってのは予想出来たからね。タイミングさえ合わせればなんとかなるよ」



「ふーん。……新井さん。でもそれってストレートを読み打ちしたってことですよね?」



平柳君にそう言われて、俺も確かにと思ってしまった。



「ん?……まあ、そうかな?」






「3番、サード、阿久津」


うちのキャプテンがゆっくりと右打席に入った。


1アウト2塁。格下でビジターのうちとしては、なんとかこの初回のチャンスをものにしたいところだ。とにかく先制点。チーム力で劣っているのだから、先手先手を奪って相手を慌てさせたいところだ。


2塁ベースを踏みながら後ろを振り向くと、外野手は3人とも定位置よりも後ろ。広角に長打力が打てる阿久津さんを警戒している様子だ。これは外野前のヒットならば十分にホームへ突っ込める形だ。


そして1ボール1ストライクからの3球目。



インコースのボールを阿久津さんが引っ張る。3塁線際のゴロ。ツーシームに若干詰まらされた形だが、地面を這うような強いゴロ。


3塁手がグラブを構えて捕球体勢に入り、俺は3塁に向かう足を止める。



ポーンッ!



打球が人工芝とアンツーカーの境目で跳ねたのか。


想定していたよりも高く打球が弾んだ。


3塁手の差し出した茶色いクラブの僅か上を白球が通り過ぎていくのが見えて、俺は3塁に向かう。


その瞬間、3塁側スタンドのポツポツといたビクトリーズファン。スカイスターズファンに隠されるようにしながらも、そこにいた彼らが、わあっと歓声を上げたのがよく見えた。









抜けていった打球を見ながら、グラウンドに膝をついて悔しがる相手の3塁手。


レフトの守備位置は深い。ドジっ子属性が突然発動したりして、転んだりしなければ楽勝でホームに返れる打球になった。


きわどいタイミングでもないので、それほど面白い顔になっていない3塁ベースコーチおじさん打球の行方を確認しながらぐるぐると右腕をゆっくりと回す。


俺は少し大きく膨らむようにならながら3塁ベースを蹴り、マジかよ……。みたいな表情の相手キャッチャーさんの顔を見ながらそのままゆっくりとホームインした。




貴重な先制点である。





「ナーイスバッティング、新井さん!」



次打者の赤ちゃんが大きく口を開け、右手を挙げて俺を出迎える。


「赤ちゃんも続けよ!」


「はい!任して下さい!」



「アラサーン! ナーイス!」



ベンチから出てきたシェパードにはおケツに片手を回されて軽々持ち上げられる。



「シェパードもパイオツカイデー頼むぞ」



「スィ!!」



持ち上げられた状態から着地をして、前に出て来ながら拍手をする萩山監督とハイタッチして俺はベンチに戻る。


「新井さん、やるう!!」


「さっすが新井さん!」


ニコニコと嬉しそうにするチームメイト達とハイタッチをして、ベンチに腰を下ろした。



いやー、なかなかいい仕事をしたぜ。







正直、1点を取ったくらいじゃスカイスターズには全然有利な状況にはならないことは分かっていた。


何故なら奴らはリーグ3連覇のかかった優勝を目の前にしている。


その気迫というか、うちとの2連戦で決めてやるぞという迫力のようなものが、グラウンドに出ている9人の選手だけでなく、ベンチからも、さらにはその雰囲気がスタンドを埋めた観客達にまで伝染していた。



それにそもそものチーム力の差みたいなものがあるので、こんなラッキーで先制して、やっとスタートラインに並んだという感覚。


2回ウラ、1アウト1、2塁のチャンスを作ったスカイスターズは下位打線の連打で2点を取り簡単に勝ち越し。


さらに3回には1番平柳、2番佐藤の2者連続のツーベースでさらに追加点を挙げると、4番のベテランがライトスタンドへの2ランホームランを打ち込んで、5ー1。



うちの先発だった広本さんを早々にノックアウトした。




すると4回表、4番赤ちゃんからの打順というところなのだが、マウンド上に相手先発のドンコラスが上がらない。


ベンチから別のピッチャーが駆け足で出てきた。


「東京スカイスターズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、ドンコラスに代わりまして………石川。ピッチャーは石川。背番号26」


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