いっちょまえに、プロのピッチャーを語る新井さん
シンプルに1、2、サーン!の初球攻撃。
この速攻性というか、相手の意表を突く感じとか、一瞬でピッチャーとの勝負が決する瞬間が大好きで、気づけば俺はアヘアヘ初球大好きマンになってしまったらしい。
野球掲示板でエゴサーチしていたら、他球団のファンから俺はそう揶揄されていたみたいだが、全然悪い気はしなかった。
金沢打撃コーチは日頃からよく言う。
いいピッチャーには球数を投げさせろ。初球から簡単に打ちにいくな。粘れ。などと、よく口にしている。
しかし、それにたいして俺は反論する。
いいピッチャーほど、早く勝負を仕掛けろ。初球から狙え。潰せ。マウンドから引きずり降ろせ。何なら打球をぶつけて病院送りにしろ。肘を狙え。
俺が打撃コーチなら、そう指示する。
何故なら、このプロ野球の世界の一線級で活躍する選手がみんな自分の投げるボールが大好きだからだ。もうそりゃ小さい頃から、野球をやるのが好き、ボールを投げることを誰よりもやってきてプロのマウンドに立つ変態なのだ。
プロの変態は変態と呼ばれることに喜びを感じるものだ。
1年間やってみてそれはよく分かった。
1流ピッチャーはみんな1流である自分の投球が大好き。
唸りをあげる豪速球。打者を惑わす変化球。構えたところへドンピシャに決めるコントロール。
投げれば投げるほど、プロのピッチャーというやつは調子に乗ってきやがるんだ。
俺も高校までピッチャーの端くれだったから分かる。
じっくりボールを見てくるバッターよりも、少々ボール球でも初球からガンガン振ってくるバッターのが方がよっぽど怖い。
ボール球振ってくれてラッキーと思うよりも、もうちょっと甘かったら打たれていたかもと思うことの方が多い。
ピッチャーが恐れるのは、自分の投げたボールが簡単に弾き返されること。狙いすましたかのようにヒットにされてしまうことだ。
そしてピッチャーが最も欲するのは、計算通りにストライクが取れること。どんな形であれ、ともかくはストライク先行で勝負を進めたいのはピッチャーとしての理想だ。
いいコースに投げようが、少し手元がくるおうが、バッターが見逃し、キャッチャーがそれを捕球し、球審がストライクコールをする。
この一連のやりとりがピッチャーにとっては心地よい。
栄養。マウンドに立つ自分を奮い立たせる何よりの栄養だ。
野球とはピッチャーが何らかのリアクション試合が動くわけだが、この一連のやりとりこそがピッチャーが試合をコントロールしていると最も感じる要素。
これの積み重ねがピッチャーの気分を盛り上げ成長させる。いいピッチャーほど、これを何万回何十万回と繰り返してきている。
バッターの狙いはそんな1流ピッチャーからヒットを打つこと。
プロに入ってから。いやプロに入ってからしばらくはそう考えていた。
しかし、最近それが変わってきた。
北関東ビクトリーズというアメリカのお菓子メーカーを親会社に持つ新規参入球団。現在141試合が終わって42勝3分96敗。ダントツ最下位のヨワヨワ球団の2番打者として試合に出て来て、ただヒットを打つだけではダメなんだと気付いた。
ただ1本ヒットを打つだけじゃなくて、もっと付加価値というかもっと意味のあるヒットにしなくてはチームは勝てやしない。
とりあえず自分の仕事をしていれば後は周りが上手くやってくれるだろうなんて考えていたら、もう100というのが目の前にあったのだ。
カキッ!!
「いい当たりだ! 新井の打球は右中間だ!右中間の真ん中………破っていく! 長打コースになった! 新井は1塁を回って2塁へ向かう! ワンバウンド、ツーバウンド、打球はフェンス到達しました!
ライトがボールに追い付いて………いいボールを2塁に送りますが……2塁へ滑り込んでセーフ!! 2番の新井がツーベースヒット!1アウトランナー2塁です!これが新井は今シーズン142本目のヒットです。得意の逆方向へのバッティングでした!」
水道橋ドームの右中間。向こうに企業名が入った緑色の高いフェンス。その中にぎっしり詰まったスカイスターズファン。
その空間に向かって、俺が叩いたボールが飛んでいく。手に残った重たい感触。投げ捨てたバットが回転しながら視界から消えていく。
打球を追うセンターとライトがボールの行方を見るのを止めてグラブをしまい、下を向きフェンスに向かって走り出す。
打球が抜けたのを確認し、1塁ベースを蹴って2塁に向かうこの瞬間。
自分の放った打球がフェンス際で弱くなりながら転がるのを見ながら、相手が守るグラウンドを俺は走る。
強肩の外野手からの送球を横目に、2塁ベースに滑り込む。
まっさらのようにキレイなアンツーカー。俺が俺のスパイクと可愛いおケツによって汚され、蹴りあげた土がベースに入ったショート平柳君にぶっかかる。
そのあとすぐに送球がきて、それを掴んだ平柳君が俺の足にタッチ。
すぐ横の塁審がゆっくりと手を広げた。
「ごめん、ごめん。ちょっと勢い余っちった」
俺はスライディングの勢いで立ち上がりながら、密着した平柳君の顔についた土を払いのけた。
「優しいなあ、新井さんは」
逆に平柳君はベースにつけた離せない足のせいでバランスを崩した俺の体を支えてくれた。
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