ドアウェーな新井さん
「東京スカイスターズ、本日の先発ピッチャーは………ドンコラス。背番号39」
相手の先発ピッチャー。現在15勝を挙げている勝ち頭の外国人ピッチャーがマウンドに上がり、好投を期待する東京スカイスターズファンから大歓声が上がる。
うちのファンはレフトポール際から左中間よりややレフト側までの水道橋ドーム全体で見れば僅かな集団。
92%くらいが東京スカイスターズファン。そのスカイスターズファンからの、ドームの天井を突き破りそうなくらいのすごい大歓声。
最短で明日優勝が決まる大一番にドーム内の雰囲気は早くも最高潮といった感じだ。
「1回表、北関東ビクトリーズの攻撃は……1番、センター、柴崎」
もはや異様とも言えるうちのとってはドアウェーの状況の中、俺に背中を押された柴ちゃんが左バッターボックスに入る。
しかし、その姿はなんだかいつもより小さい。普段からの明るさのまま野球をすればいいのに。
今日のこんな雰囲気ではまあ、確かにやりづらいはやりづらい。
いくら1年間試合に出続けてきたとはいえ、確かに大卒ルーキーの22歳には難しい雰囲気だ。
そんな柴ちゃんがだいぶ緊張した面持ちで打席に入り、バットを構えると、マウンド上のドンコラスがガバッと振りかぶり初球を投じた。
ズバアァンッ!!
歓声でやかましいのに、えげつない捕球音がネクストに立つ俺にまではっきりと届いてきた。そのくらい威力のあるボール。
「ストライーク!!」
バックスクリーンの球速表示は152キロ。いきなりのそんな豪速球。
インコースよりも幾分か甘めのボールだったが、柴ちゃんは見送り。
しかも、見送りというよりかは右ピッチャーの、自分に向かってくるボールにたいして若干仰け反るような格好。もう相手ピッチャーやドームの雰囲気に押されてしまっている。
優勝を左右する大事な試合の初球に豪快なストレートでまずは1ストライク。ドーム内の熱気がさらに上昇しながらの2球目。
今度は外よりの低めのボール。柴ちゃんがそれを打ちにいく。
しかしそうした瞬間に、ボールはワンバウンドするくらい鋭く沈み、慌てて打ちにいくのを止めるも、バットは中途半端なハーフスイング。
球審がそのバットを指さして、右手をぐっと握りスイングを取った。
もうあかん。あかんやつや。
初球インコースの速い球にビビり、まずは振らなきゃと焦る中きたアウトコース低めのボール球を思わず振ってしまう。
完全にあかんやつ。
3球目はまたインコースの速いボールを投げ込まれて三振する未来が見えますよ。
「ストライー! バッター、アウッ!!」
「3球目は初球と同じインコースの真っ直ぐで空振り三振!! ここはスカイスターズ、ビクトリーズの先頭バッター相手に、まずはバッテリーが強気の攻めを見せました、1アウトです」
「今日はこういう配球で行くんだという強い気持ちが伝わってきますね。交わすピッチングではなくて、いいボールをどんどん投げ込んでいくと。今日出てくるスカイスターズのピッチャーは皆そういうピッチングになると思いますよ」
インコースの胸元。
150キロのストレートに柴ちゃんのバットは空を切った。
ドームの天井を見上げるようにして悔しがる柴ちゃんが3塁ベンチに下がってくる。
いつもの光景だ。
「すみません、新井さん。ソッコーで三振しちまって……」
すれ違い様に柴ちゃんが申し訳なさそうな表情を見せる。
込み上げる悔しさに、強く逆さバットを握る彼のお尻を俺はバチンと叩く。
「安心しろ。なんとかしてきてやるよ」
俺はありもしない自信を柴ちゃんに見せてゆっくりと打席に向かう。
「2番、レフト、新井」
どんな試合でも大切なのは最初の1プレーだ。
相手が格上の東京スカイスターズでも、最初の1プレーで相手の予想を裏切るようなことがあれば実力差なんていい具合に縮まるものだ。
「さあ、バッターボックスには2番の新井が入ります。現在の打率は……4割1分ある新井ですが、北関東ビクトリーズは今シーズン残り試合が今日を入れてあと3試合ですから、残念ながら規定打席には届きませんねえ、白岩さん」
「ええ、まあしかしね。なんかこう久々にこういうバッターが出てきましたよね。右バッターでこれだけ渋いといいますか、徹底した右打ち、センター返し。私は嬉しいですよ。最近はみんな左バッターになりたがりますからね。確かにそちらの方が有利な場合は多いですが………」
「そうですね。……ビクトリーズとしましては、この2番の新井がどういう働きをするかというのが、打線の中で非常に大きい部分ではあります。その新井の第1打席です」
打席に入り、ホームベースにバットをコンコンして見上げたピッチャーは大きく見えた。
身長195センチのアメリカ出身ピッチャー。
帽子からはみ出すパーマのかかったワイルドな襟足。もみあげとアゴヒゲが太く結び付いており、いかにもな外国人ピッチャーという雰囲気。
くっちゃらくっちゃらとガムを噛みながらマウンドの上から俺を見下ろし、キャッチャーのサインを見ると、グラブの中でボールを握り替えた。
「マウンド上、ピッチャードンコラス、新井にたいして第1球を投げました!!」
カアンッ!
「打った! いい当たりだ!」
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